薬物動態学を基盤としたDDS(Drug Delivery System:薬物送達システム)研究
医薬品情報学分野では、川上茂教授が専門とする薬物動態学を学術的基盤として、薬物送達学(DDS)を中心とした医薬品情報学研究に取り組んでいます。特に、脂質ナノ粒子(LNP)、リポソーム、細胞外小胞(EV)などを利用した核酸・遺伝子医薬の送達技術を開発しています。さらに、これらのDDS技術を活用し、mRNA医薬や核酸医薬などの次世代モダリティを、有効性・安全性・品質を備えた新たな医薬品へと発展させることを目指しています。
主な研究テーマは、標的指向型DDSやmRNA・核酸医薬の細胞内送達技術の開発と、これらの技術を基盤とした、感染症・がん・難治性疾患・希少疾患に対する新規治療薬の開発および治療法の革新です。
また、「備える薬学」の実践として、新興・再興感染症などの将来の健康危機に備えたワクチン開発に加え、十分な治療法が確立されていない希少疾患・難治性疾患に対応するための基盤技術の創出にも取り組んでいます。川上教授が所属する長崎大学感染症研究出島特区(DIDA) ワクチン・治療薬・診断薬研究開発拠点(VRDC) では、独自のDDS技術を活用したmRNAワクチンおよび細胞外小胞(EV)ワクチンの実用化研究を推進しています。
研究テーマ
- 標的指向化を目的とした高機能・高品質(HFQ)脂質の設計・開発
- 核酸封入脂質ナノ粒子・細胞外小胞を対象とした新規薬物送達システムの開発
- 感染症・がんに対する新規mRNAワクチンおよび細胞外小胞(EV)ワクチン製剤の開発
- がん治療を目的とした新規デザイナー細胞の開発
- 難治性がん治療用デザイナー細菌医薬の開発に関する研究
- PETを用いたニューモダリティの薬物動態研究
- コンパニオン/プレシジョンPET画像診断薬の開発
研究内容(DDS・核酸医薬・脂質ナノ粒子)
医薬品情報学は、医薬品に関する情報の収集・評価・解析・提供・活用を通じて、医薬品の適正使用と医療の発展に貢献する学問です。しかし、その役割は既存の情報を扱うことにとどまりません。薬学が直面する課題の解決に向けて、新たな医薬品情報を主体的に創出し、体系化するとともに、その成果を医薬品の研究開発や医療に活用することも重要です。
国内外では、科学技術の進歩によって医薬品の研究開発や医療が大きく変化しています。一方、日本ではドラッグラグやドラッグロスが社会的課題となっており、海外で開発された医薬品が、必要とする国内の患者に十分届いていない現実があります。これは早急な解決が求められる課題であり、制度や社会環境の整備に加え、科学技術の発展と医薬品の研究開発力の強化が重要です。薬学研究者には、現在の医療課題の解決だけでなく、将来の医療ニーズや健康危機を見据えて、新たな科学的知見や技術を創出し、その成果を医薬品の開発や医療へとつなげる役割が求められます。
こうした科学的な探究と社会的責任を支えるのが、「薬(やく)の倫理」です。医薬品を「適正に使う(守る)」「創る」「届ける」「育てる」「備える」という5つの視点から、薬学が果たすべき使命を捉えています。科学的根拠に基づいて医薬品の有効性・安全性・品質を追求し、人々の健康と生命に貢献することが、その基本となります。
特に重要なのが、将来の医療ニーズや健康危機に対して、科学的知見と技術の蓄積によって準備する「備える倫理」です。新興・再興感染症の流行や、十分な治療法が確立されていない難治性疾患・希少疾患に対応するためには、問題が顕在化してから研究を始めるのではなく、平時から新しい医薬品の開発に必要な医薬品情報を創出・蓄積するとともに、技術や研究基盤を整備しておく必要があります。次世代モダリティの研究開発は、現在の医療課題を解決するだけでなく、将来の医療に備えるという重要な社会的使命を担っています。
この理念のもと、当研究室では、薬物動態学を基盤としたDDS(Drug Delivery System:薬物送達システム)を専門領域とし、次世代モダリティを「薬物」から「医薬品」へと発展させるための研究に取り組んでいます。その中核となるのが、高機能・高品質(HFQ:High Functionality and Quality)脂質という独自の概念に基づくDDS技術の開発です。標的指向性に加え、品質や製造方法も考慮したHFQ脂質およびDDSキャリアを設計・開発し、治療効果の向上と副作用の低減を目指しています。
具体的には、核酸封入脂質ナノ粒子や細胞外小胞を対象とした新規薬物送達システムの開発、感染症・がんに対する新規mRNAワクチン製剤の開発、がん治療を目的とした新規デザイナー細胞の開発、難治性がん治療用デザイナー細菌医薬の開発などを推進しています。
これらの研究では、長崎大学が培ってきた医歯薬連携の研究基盤と臨床現場との近い距離を生かし、長崎大学病院の診療科、長崎大学感染症研究出島特区(DIDA) ワクチン・治療薬・診断薬研究開発拠点(VRDC)、企業などと連携しながら、医師・薬剤師をはじめとする多様な分野の研究者との対話・協働を通じて研究を推進しています。
特に、臨床現場で得られる医薬品情報や未解決の医療課題を基礎研究に還元するリバーストランスレーショナル研究を推進し、DDS技術の開発と新たな医薬品情報の創出につなげることを目指しています。 さらに、得られた研究成果を臨床応用や品質設計へと展開することで、基礎研究と臨床を双方向につなぐ研究を推進します。
こうした研究の推進では、医学をはじめとする異なる専門分野との薬学の専門性に基づく対話(Dialogue)と協働が不可欠です。臨床現場で生まれた疑問を科学的な研究課題として捉え、その解決に取り組む経験は、研究者としての成長だけでなく、臨床薬剤師としての能力向上にもつながります。病棟業務や医薬品情報(DI)業務においても、医師や患者さんが直面する課題を科学的根拠(エビデンス)に基づいて分析し、解決策を提案できる、次世代の薬剤師に求められる高度な問題解決能力を育成します。
医薬品情報を自ら収集・評価・解析するだけでなく、新たな情報を創出し、トランスレーショナル研究を通じて医薬品の開発・実用化へとつなげる。 さらに、臨床現場から得られた情報を研究に還元し、医薬品の適正使用や育薬、将来の医療への備えまでを総合的に捉える。 その根底にあるのが、薬学の知識と技術を何のために、誰のために生かすのかを問い続ける「薬(やく)の倫理」です。この理念のもと、DDSという専門性を深めながら薬学全体を俯瞰し、国際社会が直面する現在と未来の医療課題に向き合い、人々の健康と社会に貢献する医薬品情報学の研究体系の構築を目指します。
主な活動学会は、日本DDS学会、日本薬剤学会、日本薬物動態学会、日本核酸医薬学会、日本薬学会、遺伝子・デリバリー研究会、創剤フォーラムです。共同研究の中で日本脳循環代謝学会、日本超音波治療研究会、日本眼薬理学会に参加する機会も頂いています。
研究設備としては、LNPなどのナノ粒子製剤を調製するナノアッセンブラー Ignite、粒子径・PDI・ゼータ電位を測定するゼータサイザー Nano ZS、細胞外小胞やナノ粒子の粒子数・粒子径を解析する NanoSight Pro、1粒子ごとの表面修飾状態を数値化できるフローナノアナライザー(NanoFCM)、細胞外小胞などの分離・精製に用いる超遠心機、mRNAワクチンを含むLNP製剤の凍結乾燥製剤化に用いる真空凍結乾燥機(AdVantage Pro™)、機能性ペプチドを合成するペプチド固相合成機、脂質・ペプチド・薬物などの分析に用いるHPLC、体内動態評価に用いるPETなどを備えています。
これらの設備を活用し、HFQ脂質の合成、DDS製剤の調製、物性評価、ナノ粒子・細胞外小胞の解析、品質評価、体内動態解析までを一貫して実施することで、GMP製造・医薬品開発を見据えた実践的な研究に取り組むことができます。
