SAMPLE COMPANY


研究室配属や薬学系博士課程への進学に興味のある方は、ぜひ川上までお気軽にご相談ください。
大学院では、長崎大学の学生に限らず、他大学の薬学部・他学部の方や社会人の方も歓迎しています。
E-mail: skawakam@nagasaki-u.ac.jp

薬学を学ぶ皆さんへ ― 1年生から3年生まで

薬学は、医薬品を正しく使うことだけでなく、新しい医薬品を創り、必要とする患者さんへ届け、将来の病気や健康危機に備える学問でもあります。現在も、有効な治療薬がない病気や、十分な治療が難しい病気が数多くあります。また、新たな感染症など、将来の医療に備えることも重要です。

こうした課題に対して、薬学には何ができるのでしょうか。

当研究室では、医薬品が研究・開発され、患者さんに使われるまでの流れを幅広く理解し、現在の医療課題と未来の医療ニーズを見いだすことを大切にしています。

そして、薬物動態学(薬が体の中でどのように動くかを研究する学問)を基盤として、薬を必要な場所へ届ける技術である薬物送達システム(DDS)の開発に取り組んでいます。 例えば、薬をがん細胞へ効率よく届ける技術や、mRNAを細胞へ届ける技術などを研究し、新しい医薬品や治療法の開発を目指しています。

「研究を通じて広がる可能性」

研究では、教科書に答えが書かれていない問題に挑戦します。自分で疑問を見つけ、実験を通じて確かめ、新しい発見につなげていきます。研究の面白さは、まだ誰も知らないことを、自分たちの手で明らかにできることです。

当研究室では、医学をはじめとするさまざまな分野の研究者や企業との共同研究を進めています。また、学生の学会発表や研究者との交流を積極的に支援しており、これまでに多くの学生が優秀発表賞などを受賞しています。

研究を通じて身につけた、科学的に考える力や他者と協力して課題を解決する力は、将来のさまざまな進路で役立ちます。卒業生・修了生は、製薬企業、大学・研究機関、行政機関、病院、薬局など、幅広い分野で活躍しています。

研究の面白さを知り、自分の可能性を広げる。

当研究室では、学生一人ひとりの挑戦と成長を応援しています。

私たちが大切にしていること ― 配属時から大学院生まで

「研究力と人間力が切り開く、薬学と社会と私の未来」

当研究室では、薬物動態学を学術的基盤とし、DDS(ドラッグデリバリーシステム)を中心とした医薬品情報学研究に取り組んでいます。低分子医薬品に加え、核酸医薬、細胞外小胞医薬、細胞医薬、細菌医薬などの次世代モダリティを対象に、医薬品の有効性・安全性・品質を高めるための製剤設計や送達技術の開発を進めています。薬学の使命は、創薬と臨床をそれぞれ担うことにとどまりません。両者をつなぎ、医薬品を必要とする患者さんへ適切に届け、安全かつ有効に使用される環境をつくることも、薬学そして薬事衛生の重要な役割です。当研究室では、創薬から臨床、社会実装までを見渡し、医薬品を通じて医療と社会に貢献できる人材の育成を目指しています。

当研究室には博士課程の学生も多く在籍し、互いに刺激を受け、高め合いながら日々の研究に取り組んでいます。所属学生は学会や研究会、学内で多くの賞を受賞しており、アカデミアの第一線で進められる研究を身近に経験しながら、研究成果を社会へ発信する力を伸ばすことができます。生成AIが急速に発展し、知識や情報を容易に得られる時代だからこそ、自ら問いを立て、情報の妥当性を判断し、実験によって確かめ、他者と議論しながら新しい価値を生み出す力が重要になっています。当研究室では、AIを適切に活用しながらも、それに依存せず、自ら考え、判断し、行動する力、すなわちAIでは代替できない「研究力」と「人間力」を育てることを大切にしています。

当研究室では、研究者を目指す学生だけでなく、病院や薬局で患者さんの薬物療法に貢献したい学生も歓迎しています。 薬剤師として医薬品を科学的に理解し、患者さんの治療に活かす力と、研究者として新しい医薬品を生み出し、育てる力を養います。物理・化学・生物を横断する薬学の幅広い知識に加え、薬物動態学・DDSを基盤とした医薬品情報学研究を通じて、臨床上の課題を科学的に考え、解決する力を身につけます。また、企業の研究者や医師・医学研究者との共同研究を積極的に進めており、多様な専門家との協働を通じて、課題を発見し、考え、伝え、行動する力を磨くことができます。

特に、臨床の現場で働く薬剤師には、目の前の患者さんだけでなく、地域や社会全体を見渡す視点も求められます。医薬品の適正使用や安全性確保、感染症への対応、医薬品情報の提供など、薬学の知識は社会のさまざまな場面で人々の健康を支えています。また、薬物動態学・薬物送達学(DDS)を基盤とした医薬品情報学研究を通じて得られる次世代モダリティに関する知識や経験は、新たな薬物療法の発展を支える大きな強みとなります。研究室で培った科学的思考を、患者さんのため、そして社会のためにどう活かすか。そのことを考え、行動できる薬学人を育てることも、私たちの大切な使命です。

こうした研究と教育は、卒業・修了後の多様な進路につながっています。製薬企業の研究・開発・品質保証・学術・薬事職をはじめ、PMDA(医薬品医療機器総合機構)での新薬審査、行政機関、大学教員、大学病院や地域基幹病院の薬剤師、薬局薬剤師など、幅広い分野で先輩たちが活躍しています。 また、当研究室の大きな財産が、卒業・修了後も続く人のつながりです。博士課程の学生は学部生や修士学生にとって身近な相談相手となり、多くの卒業生も講演会などを通じて自らの経験を後輩たちに伝えてくださっています。世代を越えて学び合い、支え合う環境は、これから配属される皆さんにとって大きな財産になるはずです。

最先端のDDSを中心とした医薬品情報学研究に挑み、創薬から社会実装までを見据え、治療薬を待つ患者さんの未来と、薬学と社会の未来、そして自分自身の未来を切り拓く力を、ここで一緒に身につけませんか。

私たちは、なぜ薬学で研究するのか ― 配属時から大学院生まで

1.なぜ今、「薬(やく)の倫理」を考えるのか

1.1. 時代とともに変化する「薬(やく)の倫理」

平成30年(2018年)に制定された「薬剤師行動規範」の前文には、次のように記されています。「医薬品の創製から、供給、適正な使用及びその使用状況の経過観察に至るまでの業務に関わる、確固たる薬(やく)の倫理が求められる。」では、「薬(やく)の倫理」とは何でしょうか。

倫理の基本となる生命の尊重や人権の擁護は、時代を超えて大切にされるべきものです。一方で、科学技術の進歩や社会環境の変化に伴い、私たちが向き合う倫理的な課題も変化していきます。

近年、核酸医薬、遺伝子・細胞治療、mRNA医薬など、次世代モダリティの研究開発が急速に進展し、希少疾患や難治性疾患など、これまで治療が困難だった病気にも新たな治療の可能性が広がっています。また、新型コロナウイルス感染症のパンデミックは、医薬品を迅速に開発し、安全性と有効性を科学的に評価し、必要とする人々に公平に届けることの重要性を改めて私たちに問いかけました。こうした時代に、薬学に携わる私たちは、どのような倫理観を持ち、何を研究し、社会にどう貢献すべきなのでしょうか。

私は、生命倫理の基本的な考え方を大切にしながら、次世代モダリティの発展とパンデミックの経験を踏まえ、2026年時点における「薬(やく)の倫理」を改めて考えてみたいと思います。

1.2. 薬学の使命とは何か ― 医薬品を通じて人と社会に貢献する

「なぜ、私たちは薬学で研究するのでしょうか。」研究室に入ってくる学生の皆さんには、一度考えてほしい問いです。

医師法では、医師は「医療及び保健指導」を通して国民の健康な生活を確保することが使命とされています。一方、薬剤師法では、「調剤、医薬品の供給その他薬事衛生」を通して国民の健康な生活を確保することが使命とされています。目指すところは同じですが、そのアプローチには違いがあります。医学が「医療」を通して人の健康に貢献するのに対し、薬学は「医薬品」を通して人の健康に貢献する。 私は、ここに薬学で学び、研究する大きな意味があると考えています。

私は、薬学に携わる者が、医薬品を通して人と社会の健康にどのように貢献すべきかを考えることを、「薬(やく)の倫理」の重要な側面と捉えています。ここでいう「薬(やく)」には、薬そのものだけでなく、薬学、薬剤師、創薬、医薬品開発、適正使用、育薬、薬事衛生まで、医薬品をめぐる幅広い営みを込めています。

もちろん、患者さんの安全や研究の公正性を守ることは極めて重要です。しかし、倫理とは、単に「してはいけないこと」を守るだけではありません。

「人や社会のために、自分たちは何をすべきなのか」を自ら考え、他者と対話(Dialogue)し、行動すること。それが、これからの「薬(やく)の倫理」である。私はそう考えています。

2.「守る」という薬(やく)の倫理

現在でも、薬があっても十分な効果が得られない患者さんや、副作用のために治療を続けられない患者さんがいます。今ある薬を安全かつ適正に使い、目の前の患者さんに最善の薬物療法を届けることは、薬学の大切な使命です。

病院や薬局では、薬剤師が患者さんと直接向き合い、医薬品の効果や副作用を評価し、情報提供や服薬指導を通じて適切な薬物療法を支えています。そのためには、医薬品の有効性や安全性を科学的に理解し、患者さん一人ひとりに適した薬物療法を考え、実践する力が必要です。私は、これを「守る薬(やく)の倫理」と考えています。

しかし、「薬(やく)の倫理」は、これだけではありません。

薬剤師法第1条には、「調剤」だけでなく、「医薬品の供給その他薬事衛生」も明記されています。薬剤師の使命は、一般的にイメージされる臨床業務にとどまらず、医薬品を通じて人と社会の健康を支える幅広い役割に及びます。だからこそ、薬学では、目の前の患者さんだけでなく、今ある医薬品では救えない患者さんや未来の患者さんのためにも、研究に取り組む必要があるのです。

3. 「創る」という薬(やく)の倫理

今、薬のない患者さんのために、新しい薬を創る。未来の患者さんに、より良い薬を残す。 これも薬学の重要な使命です。

新しい医薬品を生み出すためには、疾患のメカニズムの解明や創薬標的の探索、医薬品の設計・製剤化、非臨床研究など、幅広い基礎研究・創薬研究が必要です。特に、核酸医薬や遺伝子・細胞治療などの次世代モダリティでは、新しい技術の開発とともに、その品質・有効性・安全性を科学的に評価する研究も重要になります。

もちろん、研究対象となる人や動物への配慮、研究の公正性や信頼性を守ることは、その前提です。しかし、研究倫理を守るだけでは十分ではありません。「人や社会のために、何を研究すべきか」を自ら問い、新しい医薬品の創製と実用化に挑戦する。 私は、これを「創る薬(やく)の倫理」と考えています。

4. 「届ける」という薬(やく)の倫理

どれほど優れた医薬品を創っても、必要とする患者さんに届かなければ、その価値を十分に発揮することはできません。新しい医薬品を患者さんに届けるためには、基礎研究の成果を臨床開発へとつなぐ橋渡し研究国内外での臨床試験・治験、品質・有効性・安全性を科学的に評価する承認審査が必要です。

特に、国際共同治験を通じて、世界の研究者や医療関係者と対話(Dialogue)・協働し、新しい医薬品を世界の患者さんに届けることも重要です。また、病院だけでなく、薬局や地域の薬剤師が治験を支援することも、医薬品開発に貢献する役割として期待されています。

新しい医薬品を研究段階から実用化へとつなぎ、必要な医薬品を、必要とする世界の患者さんに、安全かつ安定して届ける。私は、これを「届ける薬(やく)の倫理」と考えています。

5. 「育てる」という薬(やく)の倫理

医薬品は、開発され、承認され、患者さんに届けられた時点で完成するわけではありません。医療現場で使用される中で、有効性や安全性に関する新たな課題が明らかになることもあります。こうした課題を解決するためには、市販後も継続して研究を行い、医薬品の価値を高めていくことが重要です。

製造販売後臨床試験や製造販売後調査、観察研究などを通じて医薬品の有効性・安全性を評価し、その成果をより適切な薬物療法につなげることが求められます。また、ドラッグリポジショニングによって、既存の医薬品に新たな治療の可能性を見いだすことも、「育薬」の一つと考えられます。

今ある薬を使うだけでなく、研究を通じて新たな知見を生み出し、より適切な使い方を確立し、医薬品の価値を高め続ける。 私は、これを「育てる薬(やく)の倫理」と考えています。

6. 「備える」という薬(やく)の倫理

新型コロナウイルス感染症のパンデミックでは、ワクチンや治療薬を迅速に開発し、社会へ届けることの重要性を私たちは経験しました。次のパンデミックがいつ起こり、どのような感染症によって引き起こされるのかは分かりません。だからこそ、平時からワクチン、核酸医薬、DDSなどの基盤技術を研究し、将来の健康危機に際して、迅速に医薬品の開発と実用化につなげられる力を蓄えておくことが重要です。

また、希少疾患など、患者数が少なく、十分な治療法が確立されていない疾患に対しても、長期的な視点から研究を継続し、新しい治療法の開発に備えることが必要です。こうした研究は、短期的な成果や経済的な利益だけでは評価できない、薬学の重要な社会的使命だと考えています。

将来の健康危機に備えるとともに、治療法を待ち望む患者さんのために、今から研究の基盤を築き、必要なときに新しい医薬品を届けられる力を蓄えておく。 私は、これを「備える薬(やく)の倫理」と考えています。

「なぜ今、6年制薬学教育に研究力の育成が必要なのか。 ― 薬学科の学生向け」

1.薬学科(6年制)の設置から20年 ― 変わらない薬剤師の使命と、変化する役割

薬剤師法第1条に示されているように、薬剤師の任務は、「調剤、医薬品の供給その他薬事衛生」をつかさどることによって、公衆衛生の向上及び増進に寄与し、国民の健康な生活を確保することにあります。2006年度に薬学科(6年制)が設置されてから、2026年度で20年が経過しました。6年制薬学教育は、高度な臨床能力を備えた薬剤師の育成を重要な目的として導入され、その意義は現在も変わりません。

しかし、2026年10月現在、この20年間で薬学と医療を取り巻く環境は大きく変化しました。抗体医薬、核酸医薬、遺伝子・細胞治療、mRNA医薬などの新たなモダリティが登場し、COVID-19のパンデミックも経験しました。医薬品を適切に「使う」ことに加え、新しい医薬品を「創る」、その価値を「育てる」、必要な人々に「届ける」、将来の健康危機に「備える」ことの重要性が一層高まっています。

薬剤師の使命は変わりませんが、その使命を果たすために必要な知識や能力は、科学技術や社会の変化とともに進化していく必要があります。薬学は臨床だけで完結するものではなく、基礎科学から創薬、医薬品開発、適正使用、育薬、薬事衛生まで、医薬品のライフサイクル全体を通じて人々の健康に貢献する学問です。

現在の6年制薬学教育では臨床能力の育成が重視されていますが、高度な臨床能力には、既存の医薬品を適切に使用する力だけでなく、臨床で生じる課題を自ら見いだし、科学的に解決する研究力も必要です。臨床教育の充実とともに、薬学の基盤となるサイエンスや卒業研究を通じた研究力の育成も大切にすべきだと考えています。

臨床への深い理解と高度な研究力を兼ね備え、医師や異分野の研究者との対話(Dialogue)と協働を通じて、医療の進歩に主体的に貢献できる薬剤師の育成は、これからの6年制薬学教育が目指すべき重要な方向性の一つだと考えています。

2.臨床薬剤師の可能性を広げる研究力

薬剤師は、患者さんと直接向き合い、薬物療法の有効性や安全性を評価し、治療上の課題を見いだすことができる立場にあります。だからこそ、臨床で生まれた問いを、医師や基礎研究者との対話(Dialogue)と協働を通じて研究につなげ、その成果を再び患者さんの薬物療法に還元できる、高度な臨床能力と研究力を備えた薬剤師の育成が重要です。こうした研究を主体的に推進できる薬剤師が増えることは、日本の臨床薬学の発展と国際的なプレゼンスの向上にもつながると考えています。

薬科学科(4年制)は、基礎薬学や生命科学の専門知識と研究技術を基盤として、生命現象や疾患のメカニズムの解明、創薬標的の探索、医薬品の設計・開発などを担う研究者・技術者の育成を重視しています。一方、薬学科(6年制)は、薬剤師としての専門性と臨床への深い理解を生かし、臨床で見いだされた医薬品に関する課題を基礎研究や創薬研究につなげ、その成果を薬物療法の改善に還元できる人材の育成に強みがあります。ただし、両学科の研究対象や進路は明確に区別されるものではありません。「薬(やく)の倫理」を共通の基盤として、それぞれの専門性を尊重し、対話(Dialogue)と協働を通じて互いの強みを生かすことが重要です。

近年、次世代モダリティの開発などによって、創薬に求められるサイエンスは高度化・複雑化しています。新しい医薬品を理解し、適切に評価・使用するためにも、さらに新しい医薬品を生み出すためにも、自ら問いを立て、仮説を構築し、科学的に検証する研究力が求められます。

こうした研究力は、短期間で身につくものではありません。研究は博士課程に進学してから初めて取り組むものではなく、学部時代から継続的に経験を積み重ねて育むものです。特に卒業研究は、試行錯誤を通じて科学的思考力と主体性を養う重要な機会です。6年制薬学科の学生が博士課程に進学する際、修士課程を経て研究経験を積んできた学生との間に大きな差が生じないよう、学部段階から十分な研究機会を確保することが必要です。

臨床への深い理解という6年制薬学科の強みを生かしながら、世界水準のサイエンスに触れ、自ら研究を構想・遂行できる力を育むことが、これからの臨床薬学の発展に不可欠だと考えています。

3.多様な専門性と研究力を育む、これからの6年制薬学教育への期待

現在は、アカデミアにおいても、今、治療薬を必要としている患者さんのための次世代モダリティ創薬や、将来のパンデミックに備えたワクチン開発に挑戦できる時代です。また、AMEDなどの支援による橋渡し研究や医師主導治験を通じて、大学の研究成果を新しい医薬品や治療法として患者さんに届けることも重要になっています。

薬剤師の使命は、既存の医薬品を適正に使用して患者さんを「守る」ことだけではありません。新しい医薬品を「創る」、医師や他分野の研究者との対話(Dialogue)と協働を通じて患者さんに「届ける」、有効性や安全性を科学的に検証して「育てる」、そして将来の健康危機に「備える」ことも重要です。

薬学は、独自の学問的基盤と高度な基礎研究力を有する学問です。現在、この強みを生かし、臨床医学の研究者と対話(Dialogue)と協働を重ねながら、疾患のメカニズムの解明や新しい医薬品・治療法の開発につながる基礎研究を推進することが重要です。さらに、医学側から研究課題が提示されるのを待つだけでなく、薬学の専門性を生かして自ら研究を構想し、臨床医学に提案する主体性も求められます。

こうした役割を担う人材を育成するためには、6年制薬学教育において、薬剤師として必要な臨床能力を確実に身につけた上で、臨床をさらに深く学ぶ学生、先端創薬研究に取り組む学生、臨床と研究をつなぐ学生など、それぞれの将来像に応じて専門性を伸ばせる選択性のある教育が必要だと考えています。

また、学部段階から最先端のサイエンスに触れ、主体的に研究する機会を確保することも重要です。特に、6年制から博士課程に進学する学生が、修士課程を経た学生との研究経験の差をできるだけ小さくし、円滑に研究へ移行できる教育環境が求められます。薬学教育モデル・コア・カリキュラムにおいても、こうした研究力の育成を重視していくことが望まれます。

多様な進路に応じて専門性と研究力を伸ばせる薬学教育は、薬剤師の社会的価値を高め、創薬と医療の両面から国際社会に貢献できる薬学人材の育成につながると考えています。

4.学科や専門分野を越えた対話(Dialogue)と協働から、医薬品を通じたより良い医療へ

これからの薬学の発展には、薬学科(6年制)と薬科学科(4年制)の学生が、共通する薬学の知識と科学的基盤を持ちながら、互いに学び、対話(Dialogue)と協働する姿勢を身につけることが重要です。両学科は学びの重点に違いがありますが、「薬(やく)の倫理」に基づき、人と社会の健康に貢献するという使命は同じです。医薬品の創製から開発、製造・供給、適正使用、育薬に至るまで、薬学の幅広い領域に関する知識と技術を修得し、それらを活用して人と社会の健康に貢献する力を養うことは、どちらの学科の学生にとっても大切です。

しかし、実りある対話(Dialogue)と協働には、互いを尊重する姿勢だけでなく、自らの専門分野を深く理解し、科学的根拠に基づいて考え、議論できる研究力が必要です。さらに、相手の専門性や異なる考え方を尊重し、謙虚に学び、ともに新しい価値を生み出そうとする人間力も欠かせません。特に、臨床薬剤師を目指す学生にとっても、こうした研究力と人間力を身につけることは、医師や異なる専門分野の研究者との対話(Dialogue)と協働を通じて、臨床で見いだした課題を育薬や創薬、さらには将来の健康危機に備える研究へと発展させるために重要です。そのための高度な専門性と自立した研究力を培う博士課程への進学の意義については、後述したいと思います。さらに、医薬品は人々の健康を守るために医療の現場で用いられるものであり、医学分野との連携も欠かせません。臨床で見いだされた課題を育薬や創薬などの研究につなげ、研究で得られた成果を医療に還元することが重要です。

将来、臨床薬剤師が医師や他の医療専門職、基礎研究者と協働しながら、主体的に医薬品研究を推進する機会がさらに広がることを期待しています。特に、希少疾患など、いまだ有効な治療薬が確立されていない疾患に対しても、患者数や経済的な採算性に左右されることなく、必要とされる医薬品の創製に挑戦する。そして、その研究成果を患者さん一人ひとりの薬物療法に還元し、今ある医薬品では救えない患者さんを、一人でも救うことを目指す。さらに、希少疾患など、治療薬が十分に開発されていない疾患に対しても、患者数や経済的な採算性に左右されず、必要な医薬品を創り、届けるための研究に取り組むことが重要です。また、将来のパンデミックに備えたワクチンや治療薬の研究開発を進め、健康危機が発生した際には迅速に開発・供給できる体制を整えることも求められます。今ある医薬品では救えない患者さんを一人でも救い、未来の患者さんや国際社会の人々の健康と生命を守ることにつなげていきたいと考えています。

このように、高度な研究力と人間力を備え、学科や学問分野の垣根を越えて異なる専門分野の研究者と対話(Dialogue)・協働しながら、医薬品研究を通じて未来の医療を創造できる次世代の薬剤師・研究者を育成することが、私の薬学教育における重要な目標の一つです。

薬学系博士号の意義と「薬(やく)の倫理」ー博士進学希望者・博士課程学生向け

1. 薬学系の博士課程への進学を考える皆さんへ

1.1. 博士号を目指す意義と薬学人としての生き方

薬学系の博士課程への進学について、学生からその意義を尋ねられることがあります。博士号を取得するまでには長い時間が必要ですが、その過程で何を学び、どのような価値を見いだすことができるのでしょうか。 ここでは、博士課程で研究する意義、薬学系博士号を取得することの価値、そして博士課程での研究生活を通じて、自ら意識し、主体的に身につけてほしい能力について、長年の研究・教育経験を踏まえ、私自身の考えをお伝えしたいと思います。

その根底にあるのは、「薬(やく)の倫理」を実践し、高度な専門性と研究力、そして人間力を身につけ、異なる専門性を持つ人々と対話(Dialogue)・協働しながら、医薬品を通じて人々の健康と生命に貢献するという考え方です。「どのような薬学人としての人生を生きたいのか。」博士課程への進学を考えるうえで、私は、この問いを大切にしてほしいと思います。そして、臨床、製薬企業における研究・開発、医薬品規制当局、大学など、どのような立場で自らの専門性と研究力を生かし、「薬(やく)の倫理」を実践していきたいのかを考えてほしいと思います。

1.2. 博士課程で培う、生涯の財産となる研究力と人間力

また、後述するように、博士号は学位であり、学術論文は研究成果を示す重要なものです。しかし、博士課程で本当に大切なのは、学位の取得や論文の発表だけではなく、その過程で培う高度な専門性、自立した研究力、そして人間力です。これらは、博士号を取得した後も、さまざまな立場で「薬(やく)の倫理」を実践していくための、生涯にわたる財産になると考えています。

1.3. 研究室選びで大切にしてほしいこと

研究室に配属された学生から、「もっと早く知っておきたかった」という声を聞くことがあります。研究室での経験は、その後の進路や研究に対する考え方にも大きく影響します。だからこそ、博士課程への進学を考えている学生だけでなく、これから研究室を選ぶ学生にも、研究環境や指導方針について十分に知ったうえで、自分に合った研究室を選んでほしいと思います。研究室を選ぶ際には、研究テーマや研究実績だけでなく、学生が自ら問いを立て、主体的に研究を進める力を育み、人間的にも成長できる指導が行われているかという視点が大切です。

研究室の教育・研究環境を知るうえでは、博士号取得者数、学生の学会発表や受賞実績、学生の筆頭著者または共著者としての論文発表実績、日本学術振興会特別研究員や研究助成への採択実績などが客観的な指標として参考になります。また、学生自身が研究課題を構想し、研究費の申請・獲得に挑戦できる指導体制や、修了生の進路・活躍状況も重要な判断材料です。大学や研究室のホームページ、researchmapなどで公開されている情報を事前に調べ、分からないことは研究室訪問などの機会に直接確認してほしいと思います。

さらに、学会発表や共同研究、留学生との交流の機会があるかにも注目してほしいと思います。異なる専門性や文化的背景を持つ人々との対話(Dialogue)は、科学的なコミュニケーション能力や人間力を育み、将来につながる人的ネットワークを築く機会にもなります。

しかし、数字だけでは分からないこともあります。指導教員が学生とどのように向き合い、自ら考え、挑戦し、失敗から学ぶ機会を与えているかについても、研究室訪問や在学生・修了生との対話(Dialogue)を通じて、自分の目で確かめてほしいと思います。

2. 薬学系博士号の価値 ― 研究力と人間力で広がる可能性

2.1. 博士課程で過ごす時間の価値

博士課程には時間がかかります。早く就職した方が、短期的には収入も得られます。それでも、博士課程でしか身につけにくい力があります。 それは、単に実験技術を身につけることではありません。まだ答えのない問題に、自ら問いを立て、科学によって答えを探す力です。

答えがすぐに見つかる時代だからこそ、「答えを知っている人」ではなく、「まだ答えのない問いを見つけられる人」の価値は、むしろ高くなっていくと私は考えています。博士号を取得する意義は、進路や立場によってさまざまです。ここでは、代表的な進路を取り上げ、それぞれの立場から博士号の意義を考えてみたいと思います。

2.2. 製薬企業・医薬品規制当局・衛生研究所における博士号の意義

博士号は、製薬企業における研究・開発・薬事、医薬品規制当局(PMDA)における審査・安全対策、衛生研究所における試験・研究など、幅広い分野で高度な専門性と研究能力を発揮するための重要な基盤になります。

国立医薬品食品衛生研究所では、医薬品の品質・安全性の評価や食品・化学物質の安全性に関する研究などを通じて、公衆衛生の向上に貢献しています。医薬品を創り、開発するだけでなく、その品質・有効性・安全性を科学的に評価し、国民の健康を守ることも、薬学系博士が担う重要な役割です。

また、海外の製薬企業の研究者、国際共同治験に携わる医師、医薬品規制当局の専門家の中には、博士号を持ち、高度な専門性と研究能力を備えた人材が数多くいます。こうした専門家と対等な立場で科学的な対話(Dialogue)を行い、国際的な共同研究や医薬品開発を推進するためには、自らの考えを科学的根拠に基づいて説明し、主体的に議論できる力が求められます。

医薬品開発や規制科学のグローバル化が進むなかで、博士号は、高度な専門性と研究能力を国際的に示し、専門家としての信頼を得るための重要な基盤にもなります。博士課程で培う自立した研究力と人間力を生かし、国内外の専門家との対話(Dialogue)と協働を通じて、創薬・医薬品開発から規制科学、公衆衛生に至るまで、人々の健康と生命に貢献することが期待されます。

2.3. 大学教員における博士号の意義

博士号取得者の進路の一つに、大学教員があります。大学教員には、小学校・中学校・高校の教員のような教員免許はありません。また、博士号は大学教員になるための免許でもありません。では、なぜ大学教員には博士号が求められるのでしょうか。

大学教員の使命は、薬学の知識を学生に教えることだけではありません。薬学の「過去」と「現在」を教えるだけでなく、自ら研究を通して「未来」を切り開き、その成果を次の世代に伝えることが求められます。そのためには、自ら問いを立て、新しい科学的知見を生み出す研究力が必要です。また、国内外の研究者との対話(Dialogue)と協働を通じて研究を発展させ、その成果を学術論文として世界に発信し、学問の進歩と社会の発展に貢献することも重要です。

大学と製薬企業では、研究テーマの設定や研究成果の評価・活用において、重視される点に違いがあります。製薬企業では、企業の研究開発戦略に基づいて研究を進め、特許などの知的財産を保護しながら、医薬品の開発・実用化につなげることが重要です。一方、大学では、研究者自身の問題意識や学術的な関心に基づいて、比較的自由に研究テーマを設定し、新しい科学的知見を学術論文として世界に発信することができるという特徴があります。研究費や研究環境などの制約はありますが、短期的な経済的利益だけでは評価できない希少疾患の研究や、将来のパンデミックに備える基盤研究などにも、主体的に挑戦することができます。

さらに、大学における研究は、新しい知識を生み出すだけでなく、その成果を医薬品の開発や薬物療法の改善を通じて、医療や社会に還元することにも広がっています。こうした研究への挑戦を学生に示し、研究の面白さや意義を伝えながら、次世代の研究者を育成することも大学教員の重要な使命です。教科書の知識を教え、国家試験対策を行うことに加えて、自ら研究に取り組み、その経験や成果を教育に生かすことが求められます。

博士課程で培った高度な専門性と自立した研究力を基盤に、「人や社会のために、今、何を研究すべきか」を自ら問い、研究の自由と主体性を生かして「薬(やく)の倫理」を実践できることは、大学教員として研究する大きな意義であり、魅力でもあります。

2.4. 臨床薬剤師における博士号の意義

臨床で活躍する薬剤師にとっても、博士課程で培う研究力には大きな意義があります。薬剤師の重要な任務は、患者さん一人ひとりに適切な薬物療法を提供することですが、高度な臨床能力には、既存の知識を活用するだけでなく、臨床で生じる医薬品に関する課題を自ら見いだし、科学的に検証し、薬物療法の改善につなげる能力も含まれます。薬学科(6年制)には、こうした臨床上の課題を科学的な問いとして捉え、研究につなげる基礎的な能力を育成する使命があります。そのためには、臨床教育に加えて、基礎科学の理解と卒業研究を通じた主体的な学びが重要です。

病院だけでなく、地域の薬局も重要な臨床研究の場です。医薬品の安定供給、服薬支援、副作用管理に加え、治験への参加・支援を通じて、新しい医薬品を患者さんに届けるための研究開発に貢献することも重要です。がん薬物療法に専門性を持つ薬剤師の活動や、日常診療で得られる情報を活用した臨床研究など、薬剤師が医薬品開発や育薬に関わる機会も広がっています。

さらに、臨床から生まれる医薬品に関する問いを、治験や安定供給を通じた「届ける薬学」、有効性・安全性や適正使用を検証する「育薬」、新しい医薬品を生み出す「創薬」へと発展させることも、臨床薬剤師が貢献できる重要な領域です。特に、臨床現場で見いだした医薬品に関する課題を基礎研究へとつなぐリバーストランスレーショナル研究と、その成果を医薬品の開発や薬物療法の改善を通じて臨床へ還元するトランスレーショナル研究には、大きな可能性があります。その実現には、医師や他の医療専門職、大学や製薬企業の研究者との対話(Dialogue)と協働が欠かせません。

私自身が現在、特に注目しているのは、核酸医薬の医療への応用と、それを実現する薬物送達システム(DDS)の研究です。しかし、医療現場の課題は多様であり、個別化医療、薬物動態、薬効・安全性評価、製剤開発、GMPに基づく医薬品の製造・品質保証、医薬品情報学、適正使用を含む育薬研究など、幅広い薬学分野の専門性と研究力が必要です。臨床現場の課題を理解する医師や薬剤師と、異なる専門性を持つ研究者が対話(Dialogue)と協働を重ねることで、患者さん一人ひとりに適した薬物療法の実現や、医薬品を通じた新たな治療法の開発につながると考えています。

博士課程で培う高度な専門性と自立した研究力、そして人間力は、臨床と基礎研究を双方向につなぎ、医薬品を通じて患者さんの治療に貢献するための重要な基盤になります。目の前の患者さんに最善の薬物療法を届けることはもちろん、たとえ一人の患者さんであっても、今ある医薬品では救えない患者さんを救いたい。その思いを原動力に、未来の患者さんのためにも、医薬品に関する新たな知見を生み出し、より良い薬物療法や新しい医薬品の開発に貢献することが、臨床薬剤師にとっての博士号の大きな意義であり、「薬(やく)の倫理」の実践であると私は考えています。

2.5. 博士号を生かして「薬(やく)の倫理」を実践する

博士号は、高度な専門性と自立した研究能力を備えていることを示す、国際的に認められた学位です。しかし、その価値は学位そのものだけではありません。博士課程では、多様な研究技術を修得し、国内外の共同研究者との対話(Dialogue)や協働を重ね、学会や学術論文の発表を通じて専門性を深めていきます。こうした経験を通じて培われる自立した研究力と人間力、そして研究者との信頼関係に基づく人的ネットワークも、博士号取得の大きな財産です。

薬学系の博士になるということは、与えられた研究課題に取り組むだけでなく、「今、どのような医薬品が必要なのか」「未来の患者さんのために、何を研究すべきなのか」「必要な医薬品を、どうすればより迅速かつ安全に患者さんへ届けられるのか」といった問いを、自ら立て、その解決に挑戦できるようになることでもあります。

薬学の研究は、新しい医薬品を創ることだけではありません。医薬品の品質・有効性・安全性を科学的に評価し、必要とする患者さんに届け、適正使用や育薬を通じて薬物療法を改善することも重要です。さらに、希少疾患など、今ある医薬品では救えない患者さんのための研究や、将来のパンデミックに備える研究にも取り組む必要があります。

「何を研究できるか」だけでなく、「人や社会のために、何を研究すべきか」を自ら考えること。そして、博士課程で培った研究力と人間力、人的ネットワークを生かし、異なる専門分野の人々と協働しながら、その実現に挑戦すること。私は、そこに薬学系博士として研究する大きな意義があり、「薬(やく)の倫理」の実践につながると考えています。

3.博士課程で学ぶこと ― 自ら考え、行動し、協働する力

3.1. 自立した研究者へと成長するために

博士課程は、自分の研究を進めて論文を発表し、博士号を取得するだけの場ではありません。研究を通じて、自ら課題を見いだし、考え、行動する研究力と、他者との対話や協働を通じて信頼関係を築く人間力を育む場でもあります。

研究では、思い通りの結果が得られるとは限りません。失敗や困難に直面しても、情報を収集・分析し、科学的に考え、自ら決断して次の一歩を踏み出す必要があります。こうした経験を通して、論理的思考力、情報分析力、判断力・決断力、忍耐力、問題解決力が養われます。また、研究室の生活では、研究計画の立案や進捗管理、学会発表、論文執筆、後輩の指導などを通して、リーダーシップ、マネジメント力、プレゼンテーション能力、コミュニケーション能力も育まれます。

博士前期課程や6年制学士課程との大きな違いの一つは、博士課程では日本学術振興会の特別研究員(学振DC)に応募できることです。採用されれば、経済的支援を受けながら研究に専念でき、自らの研究費で学会に参加することもできます。さらに、博士課程の学生を対象とした。学内外の研究助成制度など、自ら研究費を獲得する機会も広がります。こうした外部資金への挑戦は、研究計画の立案から研究費の管理まで、研究者としての自立性を高める貴重な経験となります。学振特別研究員への採用や研究費の獲得実績は、将来のキャリア形成においても強みとなります。

3.2. 若いうちに研究に取り組むことの大切さ

博士号は、取得すること自体が目的ではありません。高度な専門性と研究能力を修得したことを示す学位です。そのためには、まず、誰を師匠(メンター)として学ぶか、どの研究室で研究に取り組むかが重要です。優れた師匠(メンター)とは、研究業績に優れているだけでなく、学生の主体性を尊重し、挑戦を支え、研究者として自立できるように導いてくれる指導者です。そのもとで、研究の知識や技術だけでなく、科学的な考え方、研究に向き合う姿勢、研究者としての倫理観を学びながら、自ら問いを立て、研究を構想・遂行し、その成果を国内外に発信できる力を身につけてほしいと考えています。

社会人として働きながら博士号を取得する道もあります。一方、学部・修士課程から継続して博士課程に進学する場合には、自分の適性や成長を理解した師匠(メンター)の継続的な指導のもとで、研究に十分な時間をかけ、深く学びながら試行錯誤を重ねることができるという利点があります。研究を継続し、問いを深く追究することで、新たな研究課題や共同研究へと発展し、学会発表や共同研究、国内外の研究者との交流など、多様な経験を積む機会も広がりやすくなります。若いうちに優れた師匠(メンター)のもとで、時間をかけて深く学び、研究力と人間力の基盤を築くことには、大きな価値があると考えています。

3.3. 薬学系の研究者として、何を大切にするのか

博士課程で培った高度な専門性と自立した研究力、そして人間力は、大学・研究機関、医療機関、製薬企業、医薬品規制当局など、さまざまな立場で活躍するための生涯にわたる財産になります。また、こうした力を備えることで、医学・工学をはじめとする異なる専門分野の研究者とも対等に対話(Dialogue)し、協働することができます。

しかし、研究力を身につけること自体が、最終的な目的ではありません。大切なのは、その力を何のために生かすかということです。今ある医薬品では救えない患者さんや未来の患者さんのために、自ら課題を見いだし、新しい医薬品の開発や薬物療法の改善に主体的に取り組む。博士課程で培った研究力と人間力、人的ネットワークを生かし、医薬品を通じて患者さんの健康に貢献することこそ、私たちが目指す薬剤師・研究者の姿であり、「薬(やく)の倫理」の実践であると考えています。

4.対話(Dialogue)と協働から広がる研究の可能性

4.1. 研究力と人間力が支える対話(Dialogue)

私が研究や教育において大切にしているのが、対話(Dialogue)と協働です。ここでいうDialogueとは、単なる会話や議論ではなく、互いの考えや価値観を尊重し、相手の意見に耳を傾け、理解を深めながら、新しい考えを生み出していく「対話」を意味します。

研究において実りある対話を行うためには、科学的根拠に基づいて自らの考えを説明できる研究力と、異なる意見を尊重する柔軟性や謙虚さが必要です。異なる専門分野の研究者が同じ知識や技術を持つ必要はありません。それぞれの専門性を生かし、異なる視点や知識を持ち寄ることで、新しい問いや発見が生まれます。

また、研究では、仮説が否定されたり、思うような結果が得られなかったりすることも少なくありません。こうした試行錯誤や仲間との議論、共同研究を通じて、困難に粘り強く向き合う姿勢、自らの考えを見直す謙虚さ、他者と協力して課題を解決する力が養われます。このように、「研究力」と「人間力」は互いに支え合い、高め合う関係にあります。

博士課程で得られる大切な財産の一つが、研究を通じて築く人的ネットワークです。しかし、専門家としての信頼関係は、単に多くの研究者と知り合うだけでは築けません。自らの専門性と研究力によって科学的な議論に貢献し、誠実さや謙虚さ、相手を尊重する姿勢によって人としての信頼を得ることが重要です。学会や共同研究を通じて国内外の研究者と対話(Dialogue)を重ねることで、専門分野や所属を越えた信頼関係が育まれます。

こうして研究力と人間力を基盤に築いた人的ネットワークは、博士号取得後も新たな共同研究や協働の機会を生み出し、研究やキャリアを支える生涯の財産になります。私は、博士課程を通じて、自立した研究力と人間力を身につけ、異なる専門性を持つ人々と対等に対話(Dialogue)し、新しい価値を生み出せる研究者に成長してほしいと考えています。

4.2. サイエンスでつながる博士交流会 ― 対話から協働へ

大学病院の医師・薬剤師などの臨床研究者と薬学部の基礎研究者が、互いの専門性を生かして対話(Dialogue)と協働を進めることには、大きな可能性があります。臨床で見いだされた課題を科学的に検証し、新たな研究へと発展させ、その成果を医療現場に還元することができます。また、大学では研究者自身の問題意識を生かし、主体的に育薬や創薬に挑戦できることも魅力です。

このような交流と協働を促進するため、医薬品情報学分野では、2026年10月に第1回「サイエンスでつながる博士交流会:Doctoral Dialogue in Science(DDS)」を開催しました。博士課程の学生と、共同研究を行っている医学・薬学分野の教員や学生が、研究室や専門分野の枠を越えて科学的な対話を行い、相互理解を深めることを目指した取り組みです。当日は、医学・薬学分野の7つの研究室から30名が参加しました。

私自身、医学・薬学の研究者が、専門分野の枠を越えて自由に対話し、協働できる環境をつくりたいと考えてきました。博士人材同士の科学的な対話から、新しい研究や医療の可能性を切り開いてほしいという思いを、DDSという名称に込めました。この交流会を一過性のものに終わらせず、次世代の研究者が継続的につながり、主体的に協働できる仕組みへと育てていきたいと考えています。

5.誰のために研究し、なぜ博士号を目指すのか

5.1. 自分の研究は、誰のためにあるのか

私たちの研究室では、DDS、mRNA、LNP、ワクチンなど、新しい医薬品につながる研究を行っています。一つ一つの実験は小さなものです。思い通りの結果が得られないこともあります。しかし、その積み重ねが新しい発見となり、いつか新しい薬として誰かに届くかもしれません。研究室で過ごす学生の皆さんには、「自分の研究は、誰のためにあるのか。」について、ときどき考えてほしいと思います。

今、薬を待っている患者さんかもしれない。10年後、20年後あるいはもっと先の未来の患者さんかもしれない。あるいは、まだ私たちが知らない感染症から社会を守るためかもしれない。その誰かに必要な薬を届けるために、今日の研究があります。

5.2.研究で培った力を、誰かのために

今ある薬を正しく使い、育てる。今、薬のない患者さんのために、新しい薬を創り、届ける。未来の患者さんに、より良い薬を残す。さらに、希少疾患など、十分な治療薬がない疾患の研究に取り組み、将来のパンデミックに備えてワクチンや治療薬の開発を進める。大学、病院、薬局、製薬企業、行政機関など、活躍する場所や立場はさまざまですが、それぞれの立場で、博士課程で培った研究力と人間力、そして人的ネットワークを生かすことができます。

「どのような医薬品が必要なのか」「薬学として、今、何をすべきなのか」を自ら問い、その答えを科学によって探し続けること。それが、私たちが薬学で研究する意味です。

そして、「薬(やく)の倫理」を大切にし、自らの信念を持って研究に主体的に取り組み、他者との対話(Dialogue)と協働を通じて行動すること。博士課程で身につけた研究力と人間力を生かし、医薬品を通じて人や社会の健康に貢献しながら、薬学人として自分らしい道を歩んでいくことに、薬学系の博士号を取得する大きな意義があると私は考えています。

おわりに ― これから研究を始める皆さんへ

私自身、研究を始めた頃から、明確な目標や十分な研究力を持っていたわけではありません。幸いにも、私は本当に優れた先生方や先輩方に恵まれ、その指導のもとで研究の基礎や考え方を学ぶことができました。その後も、学会で出会った薬学・医学・工学など、異なる専門分野の研究仲間や研究室の後輩、学生たちとの対話(Dialogue)を重ね、失敗や試行錯誤を経験しながら、少しずつ研究の面白さを知り、自分なりの研究の進め方を身につけてきました。

研究は、思いどおりに進まないことの方が多いものです。しかし、成功は失敗の先にあります。大切なのは、失敗を恐れず挑戦し、結果を科学的に検証しながら、計画(Plan)、実行(Do)、評価(Check)、改善(Act)のPDCAサイクルを主体的に回すことです。また、予想と異なる結果から新しい問いを見つけ、研究計画そのものを見直す柔軟性も必要です。そうした積み重ねの先に、新しい発見の喜びがあります。

博士号の取得は、研究者としての一つの節目ですが、決してゴールではありません。博士課程で培った研究力と人間力、そして研究を通じて築いた人的ネットワークを生かし、自分が本当に大切だと思う問いに向き合い、「薬(やく)の倫理」を大切にしながら、自分らしい道を歩んでいくことにこそ、博士号を取得する大きな意義があると私は考えています。

「薬(やく)の倫理」も、決して完成されたものではありません。科学技術や医療、社会が変化するなかで、私たちは何を大切にし、何をすべきなのかを問い続ける必要があります。異なる立場や価値観を持つ専門家の人々との対話(Dialogue)を通じて、「薬(やく)の倫理」をともに考え、必要に応じて改訂しながら、次の世代へとつないでいきたいと思っています。

これから研究を始める皆さんには、失敗を恐れず、自ら考え、挑戦し、多くの人との対話(Dialogue)と協働を大切にしながら、研究を楽しんでほしいと願っています。

そして、いつの日か、皆さんが自らの研究を通じて、誰かの健康や幸せに貢献できたと感じられる日が来ることを願っています。そのような薬(やく)の倫理を実践する人材が一人でも多く育ってくれることが、研究者として、そして大学教員としての私の大きな喜びです。

2026年11月4日更新 川上 茂

卒業生・修了生の就職先(就職実績)(2013年以降)

当研究室では、薬学に独自の学問領域である薬物動態学を基盤とした薬物送達学(DDS)を通じて、新たな医薬品情報を創出する研究に取り組んでいます。医薬品情報学を、既存の情報を収集・評価・提供するだけでなく、新たな科学的知見を生み出す学問として捉え、医薬品を「守る」「創る」「届ける」「育てる」「備える」という5つの「薬(やく)の倫理」を大切にしています。特に、難病・希少疾患の治療薬や、将来のパンデミックに備えるワクチンの開発など、医薬品を通じて人々の健康に貢献する研究を進めています。

研究の特色は、医学をはじめとする多様な専門分野の研究者や企業との共同研究です。対話(Dialogue)と協働を通じて、専門性や研究力だけでなく、他者を尊重し、協力して課題を解決する人間力や人的ネットワークを育むことを大切にしています。

当研究室では、配属学生にも学会発表や研究者との交流の機会を積極的に設け、学生一人ひとりの挑戦を応援しています。 自分の研究成果を発表し、他大学や企業の研究者と交流する経験は、研究の面白さを知り、自信を深める貴重な機会です。これまでに多くの学生が学会発表に挑戦し、優秀発表賞などを受賞するなど、研究成果は高く評価されています。

こうした経験を通じて培った研究力や人間力、人的ネットワークは、卒業後の多様な進路にもつながっています。卒業生・修了生は、製薬企業、PMDA、大学・研究機関、行政機関、病院、薬局など、幅広い分野で活躍しています。博士号取得者も、大学や製薬企業の研究職・薬事職、PMDAなどで専門性を生かしています。

医薬品の研究開発や大学での研究・教育を目指す学生も、病院や薬局で患者さんの治療に貢献したい学生も、研究を通じて学べることは数多くあります。 臨床現場の疑問を研究につなげ、新しい治療薬を創り、未来の健康危機に備えることも、薬学の大切な役割です。

研究の面白さを知り、自分の可能性を広げる。 当研究室では、専門性や研究力を高めるだけでなく、対話と協働を通じて、他者を尊重し、信頼関係を築く人間力を育むことも大切にしています。研究室でのさまざまな経験が、学生一人ひとりの成長につながり、将来を切り拓く力になることを願っています。

製薬企業(26名)

  • 薬学科卒業(第一三共、東和薬品、塩野義製薬、大塚製薬、ファイザー、日本新薬、大鵬薬品、インテリム、万有製薬、サノフィ、アボットジャパン)
  • 博士前期課程修了(第一三共、東和薬品、塩野義製薬、マルホ、JCRファーマ、国外製薬系企業(留学生))
  • 博士課程・博士後期課程修了(協和キリン、アステラス製薬、東和薬品、国外製薬系企業(留学生))

PMDA(医薬品医療機器総合機構)(6名)

  • 薬学科卒業(PMDA(医薬品医療機器総合機構))
  • 博士前期課程修了(PMDA(医薬品医療機器総合機構)
  • 博士課程・博士後期課程修了(PMDA(医薬品医療機器総合機構)

公務員(11名)

  • 薬学科卒業(長崎県庁、長崎市保健所、愛媛県庁、福岡県庁、宮崎県庁、沖縄県庁)
  • 博士前期課程修了(大阪府科捜研)
  • 博士課程・博士後期課程修了(長崎県庁)

大学教員(6名)

  • 博士課程・博士後期課程修了(長崎大学助教、国外大学講師(留学生)、名古屋市立大学助教、国際医療福祉大学講師)

病院薬剤部

  • 薬学科卒業(九州大学病院、国立がんセンター病院、福岡市病院機構、福岡市立こども病院、国家公務員共済組合連合会 浜の町病院、国立病院機構、日赤長崎原爆病院、長崎市みなとメディカル病院、重工記念長崎病院、熊本赤十字病院、聖マリア病院、白十字病院など)
  • 博士課程・博士後期課程修了(九州大学病院)

薬局

  • 薬学科卒業(日本調剤、クオール薬局、総合メディカル、アイングループなど)

下線:複数名

博士号取得者(2013年以降)

1. 博士(薬学)/博(医歯薬)甲第720号/平成26年9月19日/ Mohamed Aboelhamd Ibrahim Hussein/ Simultaneous determination of propofol and drugs used in general anesthesia by developed and validated liquid chromatographic methods: a preclinical study for drug-drug interaction analysis

2. 博士(薬科学)/博(医歯薬)甲第752号/平成27年3月20日/渕上由貴/ 脳マイクロダイアリシス法を用いた乱用薬物の中枢モノアミンに及ぼす影響評価に関する研究

3. 博士(薬学)/博(医歯薬)甲第1081号/平成30年6月6日/宗像千恵/Effect of pH and additives on the compatibility between vancomycin and furosemide injections

4. 博士(薬科学)/博(医歯薬)甲第1101号/平成30年9月20日/Wang Wei/Investigation of intracellular delivery of NuBCP-9 by conjugation with oligoarginines peptides

5. 博士(薬学)/博(医歯薬)甲第1146号/平成31年3月20日/原口綾奈/ Determining transgene expression characteristics using a suction device with multiple hole adjusting a left lateral lobe of the mouse liver

6. 博士(薬学)/博(医歯薬)甲第1147号/平成31年3月20日/三浦雄介/ Evaluation of the targeted delivery of 5-fluorouracil and ascorbic acid into the brain with ultrasound-responsive nanobubbles

7. 博士(薬学)/博(医歯薬)甲第1231号/令和2年3月19日/大山奈津子/ Characterization of transgene expression and pDNA distribution of the suctioned kidney in mice

8. 博士(薬学)/博(医歯薬)甲第1232号/令和2年3月19日/谷口陽太/ Tissue suction-mediated gene transfer to the beating heart in mice

9. 博士(薬学)/博(医歯薬)甲第1233号/令和2年3月19日/西村光洋/ Efficient gene transfection to the brain with ultrasound irradiation in mice using stabilized bubble lipopolyplexes prepared by the surface charge regulation method

10. 博士(薬科学)/博(医歯薬)甲第1248号/令和2年3月19日/菅 忠明/ リポソーム製剤へのがん指向性の付与を目的とする高機能・高品質脂質の開発に関する研究

11. 博士(薬学)/博(医歯薬)甲第1338号/令和3年3月22日/小川昂輝/ Effective intraperitoneal gene transfection system using nanobubbles and ultrasound irradiation

12. 博士(薬学)/博(医歯薬)甲第1516号/令和5年3月20日/加藤直也/脳指向性付与を目的とするリポソーム製剤の高機能化法の開発に関する研究

13. 博士(薬学)/博(医歯薬)甲第1517号/令和5年3月20日/川口真帆/タンパク質発現の投与部位/肝臓比の向上を目的とした局所投与用mRNA-コレステロール低含有脂質ナノ粒子の開発に関する研究

14. 博士(薬学)/博(医歯薬)甲第1518号/令和5年3月20日/神谷万里子/物理化学的特性およびタンパク質発現能を指標としたmRNA封入脂質ナノ粒子の保存安定性に影響を与える因子の解明に関する研究

15. 博士(薬科学)/博(医歯薬)甲第1532号/令和5年3月20日/杉本友里/高機能・高品質脂質によるマイクロ流体デバイスを用いた機能化ナノ粒子調製法の開発に関する研究

16. 博士(薬学)/博(医歯薬)甲1555号/令和5年9月20日/Geng Longjian/ Influence of lipid composition of messenger RNA-loaded lipid nanoparticles on the protein expression via intratracheal administration in mice