長崎大学大学院医歯薬学総合研究科
天然物化学研究室

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機能性物質創製など−最近の研究から


    大きすぎるポリフェノール分子を切断して利用する
    シナモンでのポリフェノールの高分子化
    油に溶けるカテキンを創る
    植物成分のタイムカプセル:ウイスキーのタンニン
    糖の鏡像体を区別する
    古くて新しい香料・ノグルミ


大きすぎるポリフェノール分子を切断して利用する


 プロアントシアニジンは、カテキン分子がつながった構造を持つポリフェノールで、最近、抗酸化物質として注目され、ブドウ種子、松樹皮、リンゴ未熟果実などに由来するものが食品や化粧品成分として利用されてきています。特にカテキンの2−4量体(オリゴマー)は機能性が高いとされますが、自然界には分子量が非常に大きい重合体(ポリマー)が多く存在します。柿のタンニンはその典型的な例です。ポリマーは溶解性が悪く非常に渋味苦味が強いので、紙や繊維の補強などのコーティング剤としての利用は昔からされていましたが、食品としてはほとんど利用されてきませんでした。

そこで私たちはポリマーを切断して、オリゴマーに変換する方法を開発しました
(国際特許WO 2006/090830;Tanaka, T.他. Jpn. J. Food Chem. 2007, 14, 134-139.)。この方法は、反応メカニズムもシンプルで有機合成試薬などを全く用いない方法です。得られたオリゴマーについては安全性試験やさまざまな機能性試験を経て、すでに食品成分として応用されています。


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柿だけではなかった:プロアントシアニジンとアルデヒドの反応

 上に述べたようにプロアントシアニジンは,カテキンがつながったものです。通常,プロシアニジンのポリマーは,カテキンそのもの(単量体)や,二量体,三量体などと共存しており,ブドウの種子や松樹皮などがその典型的な例です。ポリマーの化学構造は分離精製してきちんと構造解析することが困難なため,三量体,四量体などの構造をもとにそれらの延長線上の十量体や二十量体の構造が推測されてきました。ところが,私たちはそうではない場合を発見しました。それは香料としてよく知られるシナモンです。シナモンの独特の香りはシンナムアルデヒドという成分によるもので,その物質がシナモンのプロアントシアニジンの分子間をつないで非常に大きい集合体(共重合体,コポリマー)にしていることが分かったのです。また,その際,イチゴや赤ワインの色素成分と同 じ骨格を持つ赤い色素も生成していることが分かりました。
(Tanaka, T.他 Structure of polymeric polyphenols of cinnamon bark deduced from condensation products of cinnamaldehyde with catechin and procyanidin. J. Agric. Food Chem. 2008, 56, 5864.5870.)
 シンナムアルデヒドのようにアルデヒド構造(CHO)を持つものがカテキンと反応することは,すでに私たちが柿の渋味が無くなるメカニズムとして報告していますが,さまざまな植物で形を変えて起こっているのかも知れません(Tanaka, T.他 Chemical Evidence for the De-astringency (Insolubilization of Tannins) of Persimmon Fruit. J. Chem. Soc. Perkin Trans. 1 1994, 3013-3022.)。(赤い部分がシンナムアルデヒド由来のユニット。黒い部分はプロアントシアニジン。プラス(+)のついた酸素(O)の周りが赤い色のもととなる部分)
 




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油に溶けるカテキンを創る

 人の体内では、呼吸で取り入れた酸素の一部が活性酸素に変化します。活性酸素は体内の老廃物の除去などに必要なものですが、過剰に生成すると病気や老化を引き起こすことがあります。茶カテキンはその過剰の活性酸素を消去する作用が強く、しかも副作用がほとんど無いので、注目されている食品成分です。最近は、がん予防の効果が期待されて試験されていると聞きます。ただ、茶カテキンの欠点は、油に溶けにくいため、消化管からの吸収性が悪く、油の中での抗酸化効果が低いことです。そこで我々は、油に溶ける脂溶性カテキン誘導体の合成を行いました。最初は柿やシナモンで発見したプロアントシアニジンとアルデヒドの反応を応用して合成し、今は他のものも結合できるようになりました。下に示したものは、それぞれレモングラスの香り成分、バラの花の香り成分、そしてクロロフィルの構成成分を結合させたもので、油に溶けて効果を発揮します。
(特願2008-271335、不動寺龍介 他、第25回日本薬学会九州支部大会(延岡)講演要旨集、p58、2008)
 




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<植物成分のタイムカプセル:ウイスキーのポリフェノール>

ビールやワインと違ってウイスキーやブランデーは蒸留酒です。本来は水、アルコールそしてわずかな香り成分だけを含む無色透明な液体のはずです。ところが、これらは樽に長く貯蔵熟成されることで、樽木材から成分が溶け出してあの琥珀色とかぐわしい香りを持つようになります。しかしその成分は複雑で、ウイスキーごとに異なる部分も多く、最新の分析法を用いてもすべてを明らかにすることは困難です。私たちは木材のポリフェノールについて以前から研究を行っていますが、木材由来のポリフェノールがアルコールと結合して生成した物質をウイスキーから分離し構造を明らかにすることに成功しました(Fujieda, M.他. Isolation and Structure of Whiskey Polyphenols Produced by Oxidation of Oak Wood Ellagitannins. J. Agric. Food Chem. 2008, 56, 7305-7310.)。木材のほとんどの細胞は死んでおり、木材成分の多くはその細胞が死んだときにできたものと考えられています。樽材のポリフェノールは、数十〜数百年前に酸素と二酸化炭素を原料として樹木の中で合成され、長く木材中にとどまった後、樽材の成分としてウイスキーに溶け込み、10年以上の熟成の過程でアルコールや酸素との複雑な反応を経てできたものなのです。
 



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<糖の鏡像体を区別する>

右手と左手は同じ形をしているようですが、これらは互いに鏡に映った像(鏡像)の関係にあります。生物の体の中では鏡像は厳密に区別されます。例えばブドウ糖はデンプンやお砂糖を作っている成分ですが、一方の鏡像体だけが存在します。専門的にはD体、L体と記号を付けて区別しますが、そのうちD体だけなのです。ところが、他の糖ではD体とL体の両方が存在する場合もあり、ブドウ糖についてもきちんと分析するとひょっとしたらL体も存在するかもしれません。アミノ酸はL体だけだとされていましたが、実はD体も存在していることが分かってきています。
 ブドウ糖などの糖類の鏡像体を判別する方法は、これまでガススロマトグラフィーや旋光度検出器を用いた方法などが用いられてきました。ところが、私たちの研究室にはそれらの機械がありません。必要は発明の母。困っていた私たちは最近広く普及している高速液体クロマトグラフィー(HPLC)で判別する非常に簡便な方法を開発しました。この方法は糖にL-システインメチルエステルとイソチオシアネートを結合させた反応液をそのまま分析する簡単なものです。高価なキラルカラムや検出器は必要ありません。(Tanaka, T. Nakashima, T. Ueda, K. Tomii, I. Kouno: Facile discrimination of aldose enantiomers by reversed-phase HPLC. Chem. Pharm. Bull., 55: 899-901, 2007.)

 


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<古くて新しい香料>

ノグルミという木は西日本に分布するクルミ科の木ですが、カシやナラなどに比べて利用されていません。私たちはこの木材がポリフェノールを多く含むことから、年輪ごとの成分の違いを検討するなどの研究を以前行いました(Tanaka, T.他、 Distribution of ellagic Acid Derivatives and a New Diarylheptanoid in the Wood of Platycarya strobolacea. Phytochemistry 1998, 47, 851-854.)。その過程でウイスキーやワインの香り成分として知られるオークラクトンの前駆体を発見しました。オークラクトンは酒類を貯蔵する樽材に由来する香り成分です。その前駆体がナラ材に存在するであろうことは推測されていましたが、ナラよりも先にノグルミから見つかったのです(Tanaka, T.; Kouno, I. Whisky Lactone Precursors from the Wood of Platycarya strobilacea. J. Nat. Prod. 1996, 59, 997-999.)。ナラ材にも存在することはその後で明らかにされています。さらに調べると、ノグルミは焼くと香りがよい香木として本草綱目(中国明朝の李時珍が編纂した中国本草学史上においてもっとも充実した薬学著作、1578年に完成)や大和本草(貝原益軒が編纂した本草書。1709年刊行)などに記載されていて、代表的な香木である沈香の代用にもされていたそうです。そのようなことから私たちは、忘れられていた香料ノグルミの成分についてあらためて検討を行いました。その結果新しいセスキテルペンを見出しました。現在さらに詳細な検討を行っているところです。(前田一 他、第52回香料・テルペンおよび精油化学に関する討論会(板倉)講演要旨集, pp96-98、2008)

 


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