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資料2:「オランダ渡りのお薬展」再現!シーボルトの処方箋
 シーボルトの処方箋が長崎市鳴滝のシーボルト記念館に6枚、愛媛県大洲市の大洲市立博物館に10枚残存している。処方箋はハガキ大の小さなものであるが、患者の症状や飲み方まで要領よく記載されており、実際に則したものである。ここでは1998年シーボルト記念館主催「オランダ渡りのお薬展」で再現を試みた4処方について紹介する。

1. 胃 薬
2. 下 剤
3. 化膿症の薬
4. 抗菌・抗真菌薬

また、別ページにシーボルトが使った医薬品についても紹介してある。 シーボルトの使った薬品へ


   1.胃 薬
大村候夫人のための薬の処方箋

ヒヨスエキス 半ドラム(1.94g)
大黄末 1ドラム(3.89g)
マグネシア 1ドラム(3.89g)
砂糖 2ドラム(7.78g)
ハッカ 5滴

散薬30方にし、毎朝1方宛服用すること。フォン・シーボルト(自署)
大村候は肥前(長崎県)の大村を領有していた27,973石の大名。

ヒヨスエキスは鎮痛鎮痙作用を持ち、主成分はヒヨスチアミンで0.5-1%含まれる。現在、1日の使用量は20mg×3を限度とすると定められており、シーボルトの使用量(64mg)もほぼこれに一致する。
大黄は下剤を主効能とする生薬で、中国はもとより、ヨーロッパでも使用されていた。シーボルトもよく使用した生薬の一つである。
マグネシア(酸化マグネシウム)には制酸作用がある。
現在の日本薬局方にも、この処方に類似の処方(ロートエキス・アネスタミン散)が記載されている。


   2.下 剤
梅干(ムメボシ) 1オンス半(46.7g)
センナ末 1ドラム半(5.83g)
酒石クリーム 1ドラム(3.89g)
蜂蜜 半オンス(15.6g)

これらを一緒にひとつの乳鉢の中に用意し、粥状につくり、そうして、その中から、毎日夜、さじ半分の量を茶に溶かして飲むこと。フォン・シーボルト(自署)

センナは大黄と並び、現在でも重要な下剤であり、主有効成分のセンノシドを含む。また、酒石クリームぶどう酒発酵中に生じる重酒石酸カリウムの結晶で、当時オランダでは家庭の常備薬であったようである。これも緩和な下剤としての作用がある。
シーボルトは優れた医者であったが、当時、洋薬が自由に手に入ったわけではなく、日本や中国の医薬品もかなり医療に利用したようである。彼の治療が和洋折衷と一部で言われるのもそのためであろう。ここで使用している梅干も彼なりに評価して使用したものと思われるが、特定の薬効を期待したというよりは、防腐効果等を期待したのではなかろうか。


   3.化膿症の薬
後藤様薬方

タンポポの根の液 4オンス(124.4g)
忍 冬 2オンス(62.2g)
山帰来 2オンス(62.2g)
キナ皮 1オンス(31.1g)
大黄 2ドラム(7.78g)

11/2のフラスコの水を1フラスコの量になるまで煮る。毎日朝と晩にそれぞれ小さい茶碗1杯分宛」。フォン・シーボルト(自署)

タンポポの根は蒲公英という生薬で、東洋では健胃、利尿、浄血などの作用があるとされるます。ヨーロッパでは薬局方に収載されていたこともあるもので、腹の具合が悪いときに使用していたようです。
忍冬はスイカズラの茎や葉で、現代中国では解毒剤として使用されています。この花も金銀花という生薬で、現代中国で、解毒を目的とした注射液の成分としても知られています。
山帰来はユリ科植物の根で、梅毒の薬として江戸時代最も多く中国から輸入されていた生薬です。当初梅毒の治療にはもっぱら水銀剤が使用されていましたが、副作用のため、山帰来が使用されるようになりました。事情は西洋でも同様で、これは中国からヨーロッパにも輸出されていたようです。
キナ皮は、もともと南米産のアカネ科樹木の樹皮で、マラリアの治療薬として著名ですが、ほかに解熱剤としても多用されました。また、苦味健胃薬としても使用されました。現在でも重要な生薬です。シーボルトが来日する少し前に、有効成分のキニーネというアルカロイドが単離されていますが、それはすぐに医薬品として応用されています。
この処方は、当時社会問題になっていた梅毒、または重症の化膿症に患者に対してのものと推測されます。


   4.抗菌・抗真菌薬
ヨードカリ 5ゲレン(0.325g)
マグネシア 1スクルペル(1.3g)
甘草末 半スクルペル(0.65g)
砂糖 1ドラム(3.89g)

オタネ嬢はカイセンのため膨張した骨とひざ関節の痛みを有している.
散薬10方とし、1日1方服用。フォン・シーボルト(自署)

この処方箋はオタネという女性の頑固なカイセンの治療のためのものである。現在と比べ、処方箋に病名が記してあるのは珍しいと言える。甘草は漢方で最も多用される生薬で、甘味料としても馴染み深いが、ヨーロッパでも古くから医薬品として使用されている。ここでは清熱、解毒薬として使用されていると思われる。ヨードカリは現在でも真菌症の治療に使用されるが、日本薬局方によればヨードカリを使用する場合、制酸剤を配合するのが適当とされており、この処方でも制酸剤としてマグネシアが配合されているのは驚きに値する。



参考文献 :
宮崎正夫『シーボルトの処方箋』,薬史学雑誌,30,116-124,1995年
   
長崎大学