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シーボルトによる日本民間薬の調査

 シーボルトは,当時ヨーロッパでも先進的な研究教育を行っていたビュルツブルグ大学で実戦的な医学を学んだ。そこでは従来の医学教育になかった科目が補助学として加えられていて、その主なものに植物学と化学があり、彼は日本の自然科学調査の中核となる植物研究の知識を医学の履修課程の中で修得することができた。オランダは貿易相手国である日本を詳しく調査するため、博物学の素養のあるシーボルトに医師としての仕事以外に日本研究を委嘱したが、彼は学問的野心をもって意欲的に様々な日本の文化や社会について調査を行う。その一つとして彼は、来日してすぐに薬草採集の目的で出島の外に出られる手続きを簡素化し、多くの門弟と共に薬草を採集して植物園を作った。さらに、医療報酬を受け取らない代わりに、患者たちに珍しい植物を持参させ、これを植物園に移植して栽培している。彼が採集し植物園で栽培した植物は千種に達したと言われ、日本の植物の学名の中にはHydrangea involcurata SIEB.(タマアジサイ)のように,シーボルトが命名者となっているものも数多くある。シーボルトの末裔であるフォン・ブランデンシュタイン・ツエッペリン家に残された大量の文書の中には、そのようにして集められた情報の一つとして、日本の民間療法に用いられた薬草類の調査資料と思われる記録があり、下表はそれに記載されている35種類の植物の名称と用法をまとめたものである。

日本の民間療法に用いられた薬草類の調査資料
  植物名 用 法 現在の用法等についての説明
モグサ 灸火、諸病 ヨモギの葉の下面に密生する白毛を集めたもの。お灸に使う。灸はすでにケンペルによってヨーロッパに紹介されていた。
マクリ 殺虫 海藻(海人草)。回虫駆除薬として広く使用された。有効成分はカイニン酸
センブリ 頭痛 当薬。日本の三大民間薬の一つで,非常に苦く,名前は「千回振り出しても苦い」に由来。現在は食欲不振,消化不良に使われる他,育毛促進剤としても使用される。有効成分はセコイリドイド配糖体。シーボルトはヨーロッパ産で同様の作用を持つ近縁植物ゲンチアナを医療に用いている。
キハダ 腹痛 生薬名・黄伯(オウバク)。単独では,苦味健胃,腸内殺菌・整腸作用,また,打撲に外用する。重要な漢方構成生薬でもある。有効成分ベルベリン
ツワフキ 諸瘡に貼薬、解毒 ツワブキの葉。生の葉を火であぶり,やけどなどに外用。下痢止め,解毒としては煎じて服用する。
ムメボシ 頭痛 梅干し。クエン酸などを含む。梅の学名はPurnus mume SIEB.et ZUCC.で命名者にシーボルトの名がある。シーボルトは下剤の処方に配合している。
ヘチマノミズ 茎の根元を切って集めた水。ヘチマ水。化粧水,咳止め,利尿。
ギシギシ 皮膚の小瘡 根(羊蹄)を便秘薬とする(妊婦は不可)。水虫に生根を外用。
ニンドー 除湿,乾燥 スイカズラの葉。解毒,消炎,利尿薬。花は金銀花と呼び同様の目的で使用される。現代中国では解毒を目的に点滴薬もある。シーボルトも解毒薬に配合して用いている。
10 ショーガ 感冒 生姜。発汗,解毒,健胃作用があり感冒薬。しょうが湯としても服用。重要な漢方構成生薬でもある。
12 ニンニク 疝気 生薬名・大蒜。ビタミンB1の作用を増強する作用があり,代表的な強壮薬。漢方では駆虫,健胃,整腸,利尿などを目的に配合される。
13 ヲバコ □腫 オオバコ。全草を車前草,種子を車前子と呼び,いずれも利尿,消炎薬として,膀胱炎,水腫などに用いる。生葉は火にあぶって腫れ物に貼る。
14 フキ 痰咳 つぼみ(フキノトウ)を咳止め,去痰,解熱に用いる。
15 ニラ 感冒 食用の他,止血,解毒に用いる。成分はニンニクと類似。
16 カクハラ □毒 ユリ科サルトリイバラの根茎。消炎利尿薬。梅毒治療薬の土茯苓に近縁の植物。葉は,かしわ餅を包むのにカシワの葉と共によく用いられている。
17 ハコベ 歯痛 産後の浄血,催乳薬ちして,また,塩と焼いてすり潰し,歯磨きにする。
18 ドクダメ 諸痛 ドクダミ(十薬・重薬)。日本の三大民間薬の一つで,代表的な消炎利尿薬としてむくみ,便秘,高血圧などに用いる。特に副作用はなくお茶代わりに飲む。生の葉は火であぶった後,おでき,水虫,湿疹に外用。
19 ヤマゴボー 水気を利す ヤマゴボウの根,生薬名・商陸。利尿薬
20 アズキ 水腫 赤小豆。消炎,利尿,脚気治療に用いられた。
21 ベニバナ 眼病 紅花。口紅としても利用されていたもので,漢方では,月経不順,更年期症などの婦人病薬に配合されるが,これは花の色が赤いことからの連想で,特別な効果は期待できないとされる。
22 キハダ 腹痛 4と重複
23 ハッカ 頭痛 発汗,解熱,清涼,駆風薬。成分のメントールは香料の他,外用薬としても繁用される。
24 ダイダイ 疝気 果皮を乾燥したものを橙皮と呼び,芳香性健胃薬とする。
25 コヌカ 鴬掌風 糠(ぬか)。多量のビタミンB1を含む。脂肪も多く糠油を取る。鴬掌風は手のひ轤ノ生じる一種の皮膚病。
26 ベンケイサー 止血 弁慶草。葉を火であぶっておできに貼る。
27 チドメグサ 止血 セリ科チドメグサ。葉汁を止血に用いた。
28 アマ子 淋痛 アマの種子,亜麻仁。種子からアマニン油を取る。中国では亜麻子と呼び,解毒鎮痛薬として服用。
29 タデ 霍乱 タデの茎葉は胃液分泌促進,食中毒予防。オオケタデは解熱, 腹痛,下痢,リウマチなどに用いられる。用法にある霍乱はコレラと訳されることもある。
30 テンクハフン 汗疹 キカラスウリの根から得たでんぷん。天花粉。汗もなどに現在でも使用。
31 ハンゲ 足ノソコマメ カラスビシャクの球茎,生薬名・半夏。重要な漢方生薬で鎮吐,鎮咳,鎮静薬とし,つわり,胃部停水など多くの症状に応用。刺激が強いが,ショウガと混ぜると刺激が弱まる。
32 シロムクゲハナ 下痢 ムクゲ。ツボミを木槿花と称し,健胃,疼痛や知覚過敏の緩和。
33 セキショー 打撲 サトイモ科セキショウの根茎。鎮痛・健胃・浴湯料
34 スギ 漆瘡 杉。生の葉を冷え性,肩こりに浴料として用いる。
35 サンショー 蜂螫 山椒。果皮は芳香性健胃薬。虫刺されには生葉をもんでつける。
36 タヅ 打撲 ニワトコ(接骨木)の別名。打ち身,捻挫には葉,花を濃く煎 じて冷湿布。神経痛,冷え性には浴料として用いる。ヨーロッパでは近縁のセイヨウニワトコが薬用に用いられる。


参考文献: 宮坂正英『シーボルトの残した西洋医学と薬学(要旨)』,第29回日本薬剤師会学術大会(長崎)講演要旨集,pp25−29, 1996年
小池猪一『図説日本の”医”の歴史』上巻、大空社、1993年
木村康一,木村孟淳『原色日本薬用植物図鑑』保育社
佐賀県薬剤師会『新・佐賀の薬草』
小林正夫,吉沢政夫『薬草カラー図鑑』講談社
   
長崎大学