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ホーム薬の歴史長崎薬学史の研究第一章近代薬学の到来期>シーボルトの治療薬「十八道薬剤」

シーボルトの治療薬「十八道薬剤」

 シーボルト来日時にみやげ物と一緒に持ちこんだとされる薬品類。実際に医療に使用するためか、脇荷と呼ばれる個人貿易品(オランダ東インド会社の規則では禁止されていた)であったのかは不明。

 1. 下剤(緩下剤,強下剤,強強下剤)
緩下剤(穏やかな作用の下剤)
満邦(マンナ,モクセイ科植物の樹脂),
答麻林度(タマリンド,マメ科植物果実の油),
酒石塩(シュセキエン,葡萄酒発酵中に生じる結晶),
翁垤兒暴謨(オンドルボーム,菎麻子,ヒマシ)
強下剤(強い下剤)
芦薈(ロカイ,アロエの葉の液汁を乾燥したもの),
刺抜兒(ラバル,タデ科植物大黄の根茎),
旃那(センナ,マメ科植物の葉),
芒硝(ボウショウ,硫酸ナトリウム),
硝石(ショウセキ,硝酸カリウム),
越弗尊曽屋度(エフソンソオト,塩),
翁垤兒曽屋度(オンドルソオト,塩),
麻倶涅矢亜(マグネシア,酸化マグネシウム)
強強下剤(非常に強い下剤)
胡芦菫度(コロキント,コロシントウリ果実),
葯刺巴(ヤラッパ,中米サツマイモ属の植物の根),
接骨木皮(弗里尓暴謨フリールボーム,ニワトコ花),
藤黄(トウオウ,カンボジア産オトギリソウ科植物の樹脂)

下剤(排泄させる薬)はその強さによって3つに分類され,使い分けられていた。この中には大黄(刺抜兒),センナ(旃那)など現在でも使用されるものも多い。大黄はタデ科ダイオウの根茎で,現在でも便秘の薬として多く使用され,漢方構成生薬としても重要なものである。センナはインド西南部またはエジプトナイル川流域に産するマメ科植物の葉で,これも現在便秘薬としてよく用いられる。いずれも有効成分としてセンノシドを含み,現在市販の便秘薬にはそれを有効成分とするものもある。ヤラッパ(葯刺巴)は中米産のヒルガオ科植物(ヤラッパ,さつまいもの仲間)の塊根あるいはその樹脂で,非常に強い下剤である。

 2. 吐剤(吐かせる薬)
乙百葛格安那(イヘカコアナ,南米産アカネ科植物吐根の根),
安質没(アンチモニー),
細辛(サイシン,ウマノスズクサ根),
烟屮(たばこ),
丹礬及白丹丸(硫酸銅を含む化学薬品),
蒲労蛤勿印私的焉(プラークウエインステイン,吐酒石),
謝亜ユ印(ゼーアユイン,ユリ科海葱の鱗茎)

吐剤は胃内容物を吐かせるために使うものであるが,胃腸や心肺系の神経を刺激する効果もある。吐剤の項に挙げられた吐酒石は酸性酒石酸カリウムと酸化アンチモンの化合物で,催吐作用の他,発汗作用もあったとされる。トコン(吐根)は南米産のアカネ科植物の根を乾燥したもので,ヨーロッパ医療の進歩に貢献した薬物の一つである。これは吐剤の他,去痰薬としても用いられ,これから抽出される有効成分エメチンはアメーバ赤痢菌などに強い殺菌作用がある。下剤類,吐剤は,他の吐痰剤(痰を出させる薬),利尿剤(尿を出させる薬),発汗剤(汗を出させる薬)と同様に,体から毒を出してしまうという,古代から洋の東西に共通の考え方に基づく薬である。

 3. 収斂剤(傷口や粘膜を引き締める薬)
英賢暴(エイゲンボーム),
没食子(ボッショクシ,タンニン含有生薬),
魯屋的呂屋坐(ロオテロオザ,赤バラ花蒸留油),
柳(タマリキュス,聖樹,ヤナギ科樹皮),
蚤休(ノミノツヅリ?),
亜尓諳,
ガルメンステーン,
鉛(ロード),
落葉松茸,
瑰花(マイカイカ,ハマナス花),
肉櫟木,
明礬(ミョウバン),
阿煎薬(アセンヤク)

 4. 利尿剤(尿の出をよくする薬)
蒲列謨(ブレーム,花),
洋花,
阿蘭花,
商陸(ショウリク,ヤマゴボウの根),
ユニヘルボーム(杜松子及木),
謝亜ユ印(ゼーアユイン,海葱,前出),
コロイスシュステル,
的列面底那(テレメンティナ,松ヤニの蒸留油),
酒石酸,
テーナロース,
志幾答亜利斯(ジギタリス,ゴマノハグサ科植物ジギタリスの葉),
カンタリス(昆虫のハンミョウ),
水楊梅皮(ダイコンソウ),
芫菁(昆虫のハンミョウ),
鵠泄蛤尓(オッセカル,牛胆)

利尿剤の項に挙げられているジギタリス(志幾答亜利斯)は,シーボルトによりはじめて日本にもたらされた強心利尿薬である。原料植物はヨーロッパ原産の多年草で,現在でもこの葉から抽出される成分はジギタリス製剤として重要なものが多い。当時この薬は,血が濃すぎるのを薄めることにより,のぼせやすい人を治すとされ,シーボルトは鎮静剤として多く使用されていたようであるが、現在のジギタリスの適応症である心不全にも応用している。当時,ヨーロッパでもジギタリスの医薬品としての応用はかなり先駆的なものであった。ジギタリスは毒草であるので服用量に注意が必要であるが,シーボルトはこれを正しく評価して使用していたようである。海葱(カイソウ)は,地中海産ユリ科植物の鱗茎で,これも著明な強心利尿薬である。これは吐剤の項の最後にも見られるが,ジギタリスやヒヨシアムスエキス同様,シーボルトにより初めて日本に紹介された薬のようである。

 5. 破石剤
羅倔索屋篤(ログソオト),
蛤尓骨 的兒(カルクワーテル),
謝布(セーフ,石鹸)

 6. 通経剤(月経障害を除く薬)
護謨安没尼加(代用没薬,アンモニヤカゴム,セリ科植物樹脂),
アツサハシタ(阿魏,セリ科植物の根から得られる樹脂),
芸香,
アンケリカ(代白シ,セリ科植物の根),
カルバヌム(代没薬),
ムーデル(苦ヨク,キク科植物の花),
メンター(ハッカ),
メラ(没薬),
サフラン(サフランの雌しべ),
カストレウム(ビーバー分泌物),
ホウ砂,
ゴム,
アンチモニア,
アギ(阿魏,前出),
マステキス,
エーゼル(剛鉄),
ドウ砂(ドウシャ,塩化アンモニウム),
琥珀

 7. 殺虫剤(寄生虫駆除)
アツサハチタ(阿魏),
ヲルムサアト,
鵠泄蛤尓(ヲッセガル,牛胆),
エーセル(剛鉄),
ゲンチアナ(リンドウ科植物の根),
骨乙機(クイッキ,水銀),
阿魏及下越告兒(阿魏の製剤),
亜鉛華

 8. 吐痰剤(痰を出しやすくする薬)
安謨尼加(安謨尼加護謨,アンモニヤカゴム,セリ科植物樹脂),
小茴香(ウイキョウ),
抜尓 謨骨杯法(バルサムコツハイハ,コパイパの樹脂),
亜刺比亜護謨(アラビアゴムノキの樹脂),
矢刺護(チュシラゴ),
抜尓 謨ヘムヒヤン(樹脂),
滅没(めら,没薬,カンラン科植物の樹脂),
スワーフル(イオウ),
シントニヤスコロイト,
謝亜 印私屋多(ゼイアユインソオタ,海葱トローチ),
私屋度曽乙久尓(スートソイクル,糖),
法屋尼布(ホオニッフ,密),
訶寧机,
安質没硝石精(硝酸アンチモン),
硝石,
覆盆子(フクボンシ,キイチゴ乾燥果実),
安息香(東南アジア,エゴノキ科植物の樹脂)

 9. 駆風薬(風邪薬)
アニシム,
カヤフーテイ(カユプテ油,テンニン科高木の蒸留油),
カルタル(益智,ショウガ科),
仏手柑(ブッシュカン,ミカン科植物の果皮),
胡 子(コズイシ,セリ科コエンドロ),
蒔蘿(ジラ,セリ科植物),
生姜(ショウキョウ,ショウガ),
カミルレブルーム(キク科,カミツレ),
橙皮(トウヒ,ダイダイの果皮),
カルシュス,
メンター(ハッカ),
白シ(ヨロイグサの根),
セドリア(山奈,ショウガ科),
苦 花(クヨクカ,キク科植物の花),
泥菖根(デイショウコン,ショウブの根),
良姜(リョウキョウ,ショウガ科)

 10. 清涼剤
覆盆子(フクボンシ,前出),
橙酢,
熟果,
酒石酸,
清涼仁子,
酸模(ギシギシ),
兒辺英篤兒 (サルヘエトル,硝石),
ニットリュムトルシス,
答麻林度(タマリンド,前出),
亜尓多亜(アルタア,アオイ科植物アルテアの根),
甘硝石精,
西瓜舎利別(スイカシロップ)

 11. 緩和剤(症状,作用の緩和。製剤しやすくするために加える場合もある)
巴旦杏(アーモンド),
燕麦,
亜麻仁(アマニン,アマの種子),
満兒巴(マルハ,錦葵),
ホルトガル油(オリーブ油),
サーリー,
無花果(ムカカ,イチジク),
私屋土(砂糖),
菫々菜,
脂肪,
油 ,
蝋蜀葵,
没私(モス,イスラントモス)

 12. 分解剤
亜尓鮮(アルセン,ニガヨモギ,アブサン,前出),
延胡索(エンゴサク),
葛尓儒別涅実屈室(カルジュベネジクチ,カルドベネディクト草),
睡菜(スイサイ,ミツガシワ),
半夏(ハンゲ,カラスビシャクの根茎),
 菜,
ハールドフルーム,
吐下剤,
ドウ砂(ドウシャ,塩化アンモニウム),
水銀剤,
射布(セーフ,石鹸),
酒石剤,
白芥子(シロカラシ),
茅根(ボウコン,チガヤの根),
加羅蔑兒(カロメル,塩化第一水銀),
薄荷(ハッカ)

分解剤の項に水銀剤がある。当時,梅毒の薬として,水銀の種々の化合物がヨーロッパ,中国,そして日本でも使用されていた。「解体新書」で知られ、梅毒の名医でもあった杉田玄白も水銀剤を多用している。しかし,水銀剤は水銀の体内蓄積による副作用が深刻であり,シーボルトもそれには心を痛めていたとされている。シーボルトの梅毒患者への処方には水銀剤を用いないものもあるが,難治性の梅毒には水銀軟膏の塗擦,下剤療法,温浴療法を併用している。

 13. 強神剤(強神剤,強壮薬)
アウキュスチュラベーテ,
吉那(キナ,前出),
格林蒲(枯林保コリンボ,コロンボ),
トイセンドラマット,
桂枝(ケイシ,シナモン),
白丹丸,
ニースオルトル,
度以 如蒲僂謨(土井セルブルーム),
海塩精,
剛鉄,
那業兒古落乙度(ナーゲルコロイト,水楊梅,ダイコンソウ),
菁蒿(ヨモギの仲間),
葡萄酒,
白桂皮,
葉紫蘇,
保私保利(ポスポリ),
米涅拉列 的兒(メネラレワーテル),
曽屋志臾兒(ソオシユール),
硫黄精,
破列里亜那(ワレリアナ,前出)

 14. 収酸剤(吸酸剤,胃散を中和する薬)
蛤尓骨(カルク,石灰),
結麗土(ゲレイ土),
消低麻倔涅矢亜(ウイッテマグネシア),
剥篤也私(ポットアス,炭酸カリウム),
ハストクルーエンテローグソート, 
蛄石(オクリカンクリ,ザリガニの結石),
焼麻倔涅矢亜(デュラントマグネシア),
卵殻

吸酸剤は胃の酸を中和する制酸剤である。ここで興味深いのは「ら蛄石(オクリカンキリとも呼ばれる)」で,これはザリガニの胃の中にできる結石である。小児のひきつけ,胃痛,下痢止めの効があるとされ,シーボルト来日以前から輸入されている。

 15. 鎮痙剤(気持ちを安静にし,けいれんを和らげる薬)
酢,
麝香(ジャコウ,ジャコウジカの分泌腺),
鹿角精(ロッカクセイ,鹿の角から作る塩,炭酸アンモニウム),
葛私多僂謨(カスタレウム,ビーバーの分泌物),
芍薬(シャクヤク,芍薬の根,漢方でも多用),
勿弗満鎮痛液(ホフマン鎮痛液,アルコールとエーテルの混液),
破列里亜那(ワレリアナ,カノコソウ,ヒステリーの薬)

 16. 健胃剤(胃薬)
健質亜那(ゲンチアナ,リンドウ科植物の根),
亜尓鮮(アルセン,アブサン,ニガヨモギ),
能美斯,
幾那(キナ,アカネ科キナノキの樹皮),
面多亜(メンタア,ハッカ),
亜宇藍度(橙),
金銭花(オグルマの花),
良姜(リョウキョウ,ショウガ科植物の根),
陳皮(チンピ,ミカンの皮),
薄荷油(ハッカユ,ハッカを蒸留して得た油), 肉 (ナツメグ)

健胃剤はもとより胃薬であるが,ハッカ(面多亜,薄荷油),陳皮(ミカンの皮)のように芳香性のもの,ゲンチアナ(健質亜那),ニガヨモギ(亜尓鮮),キナ(幾那)のように苦味を持つものなど,現在薬局で市販されるものと同様の考え方によるものが多い。ゲンチアナはヨーロッパ産のリンドウ科植物で,現在でも市販の胃腸薬に配合されている。日本には近縁の生薬としてセンブリや竜胆(リンドウの根)がある。 健胃剤,止腐剤,強神剤(強壮薬)の項に見られるキナ(幾那,吉那)は一七世紀に南米からヨーロッパにもたらされた薬で,トコン同様ヨーロッパの医学の進歩に大きく貢献した薬である。本来マラリアの特効薬であり,その他の熱病にも解熱薬として使われた。1820年にキナから抽出されたキニーネは,同じくキナから得られるキニジンと共に,現在でも重要な医薬品である。ただ,シーボルトはキナをあまり解熱の目的に使っておらず,主に強壮または止腐の目的に使用したようである。

 17. 止腐剤(防腐剤)
幾那(キナ,前出),
羯布羅(カンフラ,リュウノウジュ蒸留固形分),
 瑰花(マイカイカ,前出),
丹礬精(硫酸第二銅),
硫黄精(イオウ),
ヒットリオールシュール(緑礬,硫酸第一鉄),
スワーフルシュール(硫酸)

 18. 発汗剤(汗を出させる薬)
サンビキュス(ニワトコ),
スワーフル(イオウ),
発汗安質没,
安質没 酒,
酒石酸,
モニヤシ,
金銭花,
ホックホウト(癒瘡木),
カンフル(竜脳),
牛蒡根(ゴボウコン),
アコニット(附子,トリカブト),
蒲労蛤勿印私的焉(プラークウエインステイン,吐酒石),
底里亜伽(テリアカ,調合薬),
亜告尼玄護,
亜鉛華(酸化亜鉛)

文献によっては麻痺剤の項目も記載されている。
麻痺剤(鎮痛剤)
粟殻,
阿片(アヘン,ケシ科ケシ果実乳液),
非與志亜無斯(ヒヨシアムス,ナス科ヒヨス)

麻痺剤の項にあるアヘン(阿片)はケシ科ケシの果実の乳液を固めたもので,優れた鎮痛作用を持つ。しかし,習慣性の強い麻薬であり,香港がイギリスに領有されることとなったアヘン戦争もこの薬物の輸入がきっかけである。現在でもアヘンからはいろいろな成分が抽出され,その多くが医療現場で欠くことのできないものとなっているが,特にモルヒネは現在でも最もすぐれた鎮痛薬である。シーボルトもアヘンを主として鎮痛鎮痙の目的で使用しており,癌摘出手術の術後治療などに用いている。他には,点眼薬に配合されている例も多く見られる。麻痺剤の項に挙げられているヒヨシアムス(非與志亜無斯)は,ここに記載のないベラドンナとともにヨーロッパ産のナス科植物で,いずれも有効成分として副交感神経遮断作用を持つアトロピンを含む。アトロピンはサリン中毒の治療薬としても使われたように,現代医療を支える重要な医薬品の一つである。ベラドンナには瞳を広げる(散瞳)作用があることから,ヨーロッパでは貴婦人の間で,目を美しく見せるための目薬としても使用された。実際シーボルトは眼科手術にベラドンナを応用し,立ち会った日本の名医たちを驚嘆させている。ベラドンナは幕府の眼科侍医土生玄碩が,国禁にふれるのを承知で,葵の紋服と交換に手に入れようとした散瞳薬である。彼は後に,シーボルトからベラドンナは日本にもあると教えられ,それを採集して手術に用い成功しているが,実際には用いた薬草はハシリドコロであった。これが,ハシリドコロがベラドンナに代用された最初であるとされている。ヒヨシアムスはベラドンナと同様の目的で用いられたが,他に,鎮静,催睡,アヘン常用の副作用を防ぐのに重用された。

鉢栽培中のヒヨス(長崎大学薬学部薬用植物園)
(右写真)
鉢栽培中のヒヨス
参考文献: 中村 昭「蘭方口傳(シーボルト験方録)」、日本医史学雑誌、36(3)、pp27-294(1990)
日本学士院編「明治前日本薬物学史」、第一巻、日本古医学資料センター
山脇悌二郎 著 近世日本の医薬文化 ミイラ・アヘン・コーヒー 平凡社
   
長崎大学