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資料3:シーボルトの使った薬
「薬品応手録」に収載されている薬品
「薬品応手録」はシーボルトが門人の高良斎に和訳させ、大阪で数百部印刷して、各地の医師へのみやげとして配布したものとされている。内容はヨーロッパで常用されている薬草とその代用品に加え、二、三の新薬を収載したもので、洋薬の宣伝普及が一つの目的の様であるが、これにより洋薬の使用法がはじめて公にされた意義は大きい。

「薬品応手録」収載薬品と解説
アウランチュム(柑皮) ダイダイ(ミカン科)の皮。リモネン等モノテルペン系精油を含む健胃薬
アクワチナーモミ(桂皮水) 桂皮(シナモン)(クスノキ科)の精油を含む香水。香りの主成分はシンナムアルデヒドで芳香性健胃薬
アクワフェニキユリ(茴香水) ウイキョウ(セリ科)の精油を含む香水。香りの主成分はアネトールで芳香性健胃薬
アクワメンタ(薄荷水) ハッカ(シソ科)の精油。主成分はメントール。
アサヘチダ(阿魏) イラン、アフガニスタンのセリ科多年草アギの樹脂。健胃・消化・駆虫薬
アマンデルオリー(巴旦杏油) 甘扁桃(アーモンド)(バラ科)から取れる油。鎮痛・鎮痙。アーモンドは1784年から将軍家に献上され、江戸城中に勤める女性たちのための常備薬だったとされる。
アラク(亜拉吉酒) ヤシから作るインド産の酒。シーボルトは標本類の保存にも使用した。
アラビアゴム(亜刺弼泄牛謨) 西アフリカ原産のマメ科植物の多糖類を成分とする樹脂。乳化剤、結合剤。
アリキシヤ(肉桂状の吉那) キナは南アメリカ原産アカネ科のアカキナノキの樹皮。アルカロイドのキニーネを含みマラリアの薬、解熱薬。抗不整脈薬のキニジンの製造原料でもある。
アルメン(礬石) 鉱物
アロエ(蘆会) アロエ(ユリ科)の葉の液汁を乾燥固化したもの。アントロン配糖体を含み、下剤、健胃薬。
イスランスモス(亦私蘭修謨斯) アイスランドのコケ(地衣類)。リケナン(βグルカンの1種)を含む。肺結核に用いられた。
イヘカクアンナ(吐根) ブラジル原産の多年草(アカネ科)の根。催吐薬、去痰薬、エメチン(抗原虫薬)製造原料。キナと共にヨーロッパ医学に大きな進展をもたらした薬。
ウエインステーン(酒石) ぶどう酒発酵中に生じる酒石酸塩の結晶。制酸剤、健胃・緩下薬として用いられた。
ウエインステーンシュール(酒石酸) 酒石酸。現在では製剤原料として使用される。
エキスタラクトサリクシ(水楊膏) ヤナギ樹皮のエキス。配糖体サリシンを含み解熱作用がある。サリシンは現在の解熱鎮痛薬アスピリン開発のもととなった化合物。
エキスタラクトタラクサクム(蒲公英膏) タンポポ(キク科)根のエキス。西洋では薬局方にも収載されていたことのある薬で、腹痛等に用いた。トリテルペンを含む。
エキスタラトゲンチヤナ(竜胆膏) ゲンチアナ(リンドウ科)の根。モノテルペン(セコイリドイド)配糖体を含み、非常に苦い。苦味健胃薬。日本のセンブリやリュウタン(リンドウの根)に相当。
オクリカンクリ(刺蛄石) ザリガニの胃に生じた結石。炭酸カルシウム、リン酸カルシウム、キチン質からなる。胃酸中和剤。シーボルトがよく用いた薬とされている。
オピユム(阿片) ケシ(ケシ科)の未熟果実から得られる乳液を固めたもの。モルヒネ(鎮痛薬)、コデイン、ノスカピン(鎮咳薬)など、現代医療に欠かせない医薬品の製造原料。強い麻薬であるため現在はケシの栽培は厳しく規制されているが、過去には政治的に悪用された歴史をもつ。戦前、日本でも栽培され、ヘロイン等が製造されていた。
オリユムシュクシニー(琥珀油) 化石樹脂を蒸留して得られる油。利尿・止血薬。琥珀自体は女性のかんざし等を製造する宝石とみなされ、1668年に輸入禁止された。
オレウムフェニキユリ(茴香油) ウイキョウ(前述)の油。主成分アネトール。
オレウムリニー(百合油) ユリ花の精油
オレムメンタ(薄荷油) ハッカ(シソ科)の精油。主成分メントール。清涼剤。
カチュ(阿仙薬) ペグアセンヤク。マメ科アカシア属植物の材の煮詰めて固めたもの。また、アカネ科植物ガンビールの葉や枝を煮詰めて固めたものをアセンヤクと言う。ミャンマー、インド産。収斂薬で止血、下痢止め。万金丹など、有名な売薬の原料として比較的多く輸入された。
カネール(桂枝) ケイヒ(クスノキ科)の枝。シンナムアルデヒドを含み、漢方でも多用された。
カムホラ(樟脳) クスノキの材を水蒸気蒸留して得られる油分から析出する結晶。局所刺激薬カンフルの原料。
カモミラ(野菊花の属) カミツレ(キク科)の花。ヨーロッパの代表的ハーブの一つ。発汗、駆風、消炎薬。
カヤブーテイオリー カユプテ油。テンニン科植物を蒸留して得られる精油。胃痛の薬として用いられた。
カラツフルオリー(椰子油) ヤシ油
カリヨヒラタ(水楊梅) ダイコンソウ(バラ科)の根。発汗、利尿、鎮痙、健胃
カルク(石灰) 石灰
カルムス(泥菖根) 菖蒲(サトイモ科)の根。精油を含み芳香性健胃、鎮痛、鎮静、駆虫薬
カロメル(蛤落滅児) 水銀製剤
カンフルバロシ(竜脳) リュウノウジュ(フタバガキ科)の心材の蒸留油に析出する固形分。オランダ人はボルネオ島で入手していた。揮発衝動薬。高価な薬物であったようである。成分としてボルネオールを含む。
キーナ(吉那) キナは南アメリカ原産アカネ科のアカキナノキの樹皮。アルカロイドのキニーネを含みマラリアの薬、解熱薬。抗不整脈薬のキニジンの製造原料でもある。日本では1794年に伊良子光顕によりキナ皮の臨床実験がされている。
クエルクス(大葉櫟) ヨーロッパ産カシ(ブナ科)の葉。収斂作用を持つタンニンを含む。
クワイヤク(愈瘡木) 南アメリカに自生するハマビシ科の低木。ヨーロッパで梅毒・痛風の薬として用いられた。樹脂はグアヤクム樹脂と呼ばれ、グアヤコニック酸等を含み、薬用の他、脂肪の酸化防止剤とされた。
ゲンチヤナ(竜胆) ゲンチアナ(リンドウ科)の根。モノテルペン(セコイリドイド)配糖体を含み、非常に苦い。苦味健胃薬。日本のセンブリやリュウタン(リンドウの根)に相当。
ゴウドズワーフル(金硫黄)
コッヒー(骨喜) コーヒー(アカネ科)。イスラム世界で飲み始められ、17世紀にヨーロッパに広まった。成分カフェインは中枢興奮、利尿。
コロイトナーゲル(丁子) フトモモ科チョウジのつぼみ。クローブ。オイゲノールを主とする精油を含み、芳香性健胃薬。
サツサバリルラ サルサ根。ヨーロッパ産シオデ属植物(ユリ科)の根。サンキライ(山帰来・土茯苓)と共に、長期使用により水銀剤が用いられない梅毒患者に処方された。
サフラン サフラン(アヤメ科)のめしべ。ヨーロッパで使用され、緩和な発汗、解熱作用を持つ。
サボン(石鹸) 石鹸
サムブクス(接骨木) 西洋ニワトコ(スイカズラ科)。ヨーロッパに分布する低木で、広く栽培される。ローマ時代は万病の薬とされ、18世紀イギリスでは果実が風邪薬とされた。花は発汗、興奮剤とされる。日本のニワトコと近縁。北ヨーロッパで「不死」の象徴であるが、キリストの十字架はこの木であったとされ、キリスト教では不吉なものとされる。
サリクシ(水楊) ヤナギの樹皮は収斂苦味薬。また、配糖体サリシンを含み解熱作用がある。サリシンは現在の解熱鎮痛薬アスピリン開発のもととなった化合物。
サルアムモニヤク(デイ砂) 塩化アンモニウム。頭痛・貧血などに嗅ぎ薬とされた。
サルヒヤ サルビア(シソ科)。おそらくSalvia officinalis(セージ)。ヨーロッパで古くから家庭の保健薬として、うがい薬や胃薬として使用された。 
ジュム(人参) 薬用人参。中国産のものが重用されたが、1754年カナダ人参が初めて中国広東経由で長崎に輸入された。しかし、幕府はお種人参(将軍吉宗の命で朝鮮人参を幕府薬園で栽培し、その種を諸国に下賜し栽培させたもの)よりも安い広東人参が出回るのを恐れ、1757年に輸入禁止にした。その後お種人参の価格も急落し、1787年に広東人参の輸入は解禁されている。その後再び価格暴落により、せっかく成功した人参産業保護のため輸入禁止されるが(1795年)、輸入量が減少したため1805年に輸入禁止は解除される。
シルプスアウランチュム(柑舎利別) ダイダイ果実のシロップ
ジンギベル(生姜) ショウガ(ショウガ科)。インド原産とされる。ヨーロッパでも1世紀頃から薬用とされ、13世紀頃香辛料としての利用が広まった。日本でも平安時代には栽培されている。漢方でも重要な生薬の一つで、精油と辛味成分を含む。
スードオリー(胆八油) オリーブ油
スピリチュスニツトリドリシス(緩硝石精)
スプリマート(猛汞) 水銀剤
スルハスクプリ(硫黄胆礬合剤) イオウと硫酸銅を含む
スルハスソーデ(奇効塩) 芒硝(硫酸ナトリウム)
スルハスフエリ(鉄硫黄合剤) 硫化鉄
スルフル(硫黄)   イオウ
センナ(旃那) アフリカおよびインドに産するマメ科植物センナの葉を粉末にしたもの。有効成分としてセンノシドを含み,現在も便秘薬として重要。
ダフネ(芫花) フジモドキ(ジンチョウゲ科)のつぼみ。下剤、去痰薬。
タマリンデュス(答麻林度) マメ科タマリンドの果実。酸味と甘味があり食用にされる。暑気払い、下剤。
タラグサクム(蒲公英) タンポポ(キク科)根のエキス。西洋では薬局方にも収載されていたことのある薬で、腹痛等に用いた。トリテルペンを含む。日本では催乳、解熱,消炎,健胃,利尿の作用があるとされる。
ヂギターリス(疾吉答力斯) ジギタリス(ゴマノハグサ科)の葉。シーボルトによって初めて日本に紹介された薬物。彼の来日時、ジギタリスの薬としての利用はヨーロッパでも新しいものであった。強心利尿薬。成分は強心配糖体で、現在でも重要。シーボルトは点眼薬や気持ちを静める薬としても使ったと記録されている。
チラ(疾刺) 地中海に産するカイソウ(ユリ科)の鱗茎(schilla)。シーボルトによって初めて日本に紹介された薬物とされる。これも強心配糖体を含み強心利尿薬。疾刺は本来ハマビシ(ハマビシ科)で、これは中国で利尿、消炎薬として使用される。
テリアク(底里亜迦) テリアカはさまざまな薬物を練り合わせた内服薬。ローマ時代以降さまざまなものがあった。
テンキテルハレリヤナ カノコソウ(後述)
ドロップ(甘草膏) 甘草(後述)
ニタラスポータセ(硝石) 硝酸カリウム
バルサムコツパイハ(抜児設謨骨拝博) 南米産マメ科コパイパの樹脂。去痰薬。
バルサムペルヒアヌム(抜児設謨李露非亜内木) キナ(前述)の樹脂
バルタナ(牛蒡根) ゴボウは日本では食用であるが、ヨーロッパでは薬草。利尿・痛風・皮膚病に用いられる。果実は疥癬の治療薬にされた。
ハレリヤナ オミナエシ科のカノコソウ。ヨーロッパでヒステリーの薬。江戸時代には日本にも多く自生していて,日本産の方が良質とされていた。現在では日本には見られない。
ヒツトリヨールオーリー(緑礬油) 硫酸第一鉄
ヒヨスチヤームス(必欲雌悉雅木速) ヨーロッパ産ヒヨス(ナス科)植物。成分のアルカロイド・アトロピン(ヒヨスチアミン)やスコポラミンは、副交感神経遮断薬として重要。アトロピンはサリン中毒の解毒薬としても使われた。ベラドンナとともにシーボルトが点眼薬として使用している。日本ではハシリドコロの根(ロートコン、ナス科)が同じ目的で使用されるが、シーボルトはロートコンをベラドンナと誤って同定したとされている。
プーチョク(木香) インドカシミール地方産産キク科植物の根。精油を含み健胃利尿薬。
フエルム(鉄)
ブラークウエインステーン(吐酒石)鉱物  酒石酸カリウムアンチモン。酒石酸水素カリウムと酸化アンチモンからなる。催吐剤。発汗、去痰薬。
ペーペル(胡椒) インド原産のコショウ科コショウの果実。正倉院にも収納されている。長崎ではいまでもトウガラシを胡椒,胡椒を洋ゴショウと呼ぶことがあるが,これは,中国からきた人の多い長崎で「唐を枯らす」ということばを嫌ってのこと。トウガラシの伝来はかなり遅く,豊臣秀吉の朝鮮出兵の際に持ち帰られたとされる。江戸時代の初め頃まではうどんにも胡椒がかけられていたが,その後トウガラシの方が醤油や味噌との相性がいいということでトウガラシが普及。
ヘルボヒヌム(牛胆) ウシ胆汁の乾燥品。胆汁酸を含む。利胆、消炎、解毒。
ペレチビタート(赤白両汞)鉱物  水銀製剤
ヘレニユム(木香) インド、カシミール地方産キク科植物の根。精油を含み健胃整腸利尿薬。
ホフマン(法弗忙) ホフマン鎮痛液。F. Hoffmann創製のエチルエーテルを含む鎮痛薬。
マグネシヤ 酸化マグネシウム。胃酸を中和する。
マンナ(満那) 南ヨーロッパ、小アジアに産するモクセイ科トネリコ属マンナの樹脂。下剤。
ミラ(没薬) アフリカやアラビアに産するカンラン科植物の樹脂。産地により各種あるが健胃、通経、強壮、収斂薬とされる。
ミレホリユム セイヨウノコギリソウ、食欲不振、滋養強壮
ムシクス(麝香) ジャコウ。ジャコウジカ雄の分泌物。成分ムスコン。興奮、強心、鎮痙、鎮静作用。オランダ線での輸入は1673年に初めて記録に残っている。
ムスカートノート(肉豆蒄) ニクズク科ニクズクの種子。ナツメグ。精油を含み芳香性健胃。当時は搾油に止痛、鎮痙作用があるとされた。
メル(蜂密)ハチミツ。 滋養強壮薬としての作用をもつ他,薬に甘みをつけたり,丸薬にするためにも使用。
メルロザロム(マイカイ密) バラの花の蜜
メンタ(薄荷) ハッカ(シソ科)
ヤラッパ(鬼茉莉) 南アメリカ原産のヒルガオ科植物ヤラッパの根。樹脂配糖体を含み強い下剤。
ラウダヌム(牢達奴謨) アヘン(前述)とサフランをブドウ酒で浸出したチンキ剤。鎮痛薬
ラバルバルム(大黄) タデ科植物ダイオウの根茎を粉末にしたもの。有効成分としてセンノシドを含み,現在でも重要な下剤。便秘薬を始め,漢方処方でも多く使用される。
リクイリチヤ(甘草) 中国北部,ロシアに産するマメ科植物の根を粉末にしたもの。鎮痛,解毒など様々な目的で漢方薬で多用される他,醤油などの甘味料としても重要。砂糖の50倍の甘さをもつ有効成分のグリチルリチンは,肝疾患の治療薬として使用される。
ローウエン(赤葡萄酒) ブドウ酒

参考文献 :
日本学士院編「明治前日本薬物学史」、第一巻、日本古医学資料センター
山脇悌二郎 著 近世日本の医薬文化 ミイラ・アヘン・コーヒー 平凡社

 このほかにもシーボルトの行った医療についての記録はいくつか残されており、それに関する研究も多い。以下にいくつかの参考文献を挙げる。シーボルト事件によりシーボルトは国禁を犯した大罪人となってしまうが、シーボルトが門人たちに教授した医学・薬学の内容は、そのために記録が充分残されていないという。当時、門人たちにとって大罪人から教わったことを出版することは非常に大変なことであったようで、出版物の中には、わざとシーボルトの名を伏せたものもある。

参考文献 :
中村 昭「蘭方口傳(シーボルト験方録)」、日本医史学雑誌、36(3)、pp271-294(1990)
中村 昭「シーボルトの臨床医学」、日本医史学雑誌、41(1)、pp75-110(1994)
戸塚武比古「シーボルト処方録」、日本医史学雑誌、29(4)、pp316-339(1983)
   
長崎大学