研究テーマ Research title

研究の概要


 薬剤学は、医薬品の有効かつ安全な使用を探求する学問である。他学部にはない薬学独自の学問領域で、物理薬剤学、生物薬剤学、臨床薬剤学に分類される。

  1. 物理薬剤学: 薬剤の物理化学的性質を調べ、最適な剤形を工夫
  2. 生物薬剤学: 薬剤の生体内運命を調べ、最適な薬効が得られる条件を検討
  3. 臨床薬剤学: 臨床における投与設計を最適化し、薬物相互作用などを検討
 長崎大学薬学部 薬剤学研究室では、生物薬剤学を中心として、物理薬剤学および臨床薬剤学を強く意識した研究を展開しており、体内の特定臓器や病巣などの標的部位に、薬剤を選択的かつ持続的に運ぶ研究を行っている。そのためには、薬剤の体内における挙動を把握する必要があり、様々な角度から解析している。特にユニークなのは、腹腔内の臓器表面投与法で、分子量数百万の遺伝子医薬品も肝臓などの表面から吸収されることをこれまでに明らかにしている。

薬剤学分野研究テーマ
薬剤学分野研究テーマ概要


ドラッグデリバリーシステムの開発


 近年の創薬技術の進歩は目覚ましいものがある。短期間に薬の候補化合物群を合成し、有用な生物活性を持つ化合物をスクリーニングできるようになった。薬は体内に吸収され、様々な部位に分布し、一部は代謝され、最終的に体外へと排泄される。このような薬の体内での動きは、薬効や毒性と密接な関係にある。しかし、強力な薬理効果を有するものの、生体内への吸収率が低く、速やかに分解を受ける薬も多いのが現状である。また、重篤な相互作用や副作用を招く例も後を絶たず、慎重な薬の投与が求められている。そこで、薬の吸収、分布、代謝、排泄過程を解析し、薬の生体内での動きを精密にコントロールするドラッグデリバリーシステム(Drug Delivery System, DDS)と呼ばれる新しい薬の投与形態が誕生した。
 DDSは、宅配便が個人宅に荷物を指定時間に届けるように、薬を指示通り正確に、適切な時間に必要量だけ、生体内の作用点に送り届ける運搬システム「薬の宅配便」に例えられる。マイクロカプセルを利用したコントロールドリリース製剤、吸収改善を目指したプロドラッグなどが実用化されている。一方、内視鏡や超音波診断装置などの高度な医療技術を応用し、生体内の様々な部位へ薬を投与することが可能となっている。
 そこで薬剤学研究室では、癌などの病巣部局所へ薬を選択的に送達するドラッグデリバリーシステム(Drug Delivery System, DDS)を確立するために、薬剤の投与経路や投与方法の工夫に着目し、肝臓などの腹腔内臓器表面からの吸収を利用した、薬の新規投与形態を開発している。さらに、生体内の特異的な取り込み機構に着目した新しい遺伝子DDS製剤を作製し、本投与方法への応用を推進している。

DDSの役割と手法
薬物体内動態におけるDDSの役割と手法


1.腹腔内の肝臓表面からの吸収を利用した薬物ターゲティング(表面投与班)


 肝臓は生体の恒常性維持に重要な役割を果たしており、肝疾患には生命を左右するような重篤なものが多い。静脈などの血管系を介した薬物送達方法においては、標的臓器以外への薬物分布のために、薬効の低下や副作用が避けられないため、新規投与形態の開発が強く望まれている。この問題を解決するための有効な手段として、病巣部局所への直接投与が考えられる。例えば、臓器表面から薬物が良好に吸収された場合、薬物が臓器中の病巣部位近傍に滞留する可能性は極めて高いと予想される。しかしながら、臨床においては、経口投与や静脈内投与が主流であり、腹腔内の臓器表面からの薬物吸収に関する報告例は見当たらない。
 そこで肝臓局所への薬物の集積性改善を最終的な目的として、有機アニオン系色素や分子量の異なるデキストラン類をモデル薬物として選択し、薬物吸収を肝臓表面に限定できる拡散セルを新たに作製し(上図)、肝臓表面からの薬物吸収のメカニズムの解明を行った。物性の異なる各種モデル化合物が、肝臓表面から良好に吸収され投与部位近傍に高濃度で分布し、薬物の物性に基づいて肝臓表面からの吸収動態を予測できる可能性を示した。さらに、抗癌薬5-FUにおける同様な肝指向性を確認した。
 次の段階として、新規投与形態の臨床応用へ向けて、薬物の肝臓表面からの吸収性や局所滞留性に及ぼす、投与薬液の容量や適用面積、粘性添加物などの影響を明らかにした。これらの製剤学的因子を適宜調節し、継続的な微量注入、薬物の高分子化修飾等による肝指向性増強の手法と組み合わせ、空間的・時間的に理想的な肝臓内薬物分布が得られる肝臓表面適用製剤の至適条件を考察している。また、ゲノム製剤や抗癌薬に対する本投与法の適用において、実用化のための基盤構築を目指して、臓器表面適用シート製剤の開発を精力的に展開している。

新規投与形態DDS
腹腔内の肝臓表面への新規投与形態DDS

[代表論文]

  1. Nishida K et al: Regional delivery of model compounds and 5-Fluorouracil to the liver by their application to the liver surface in rats: its implication for clinical use, Pharmaceutical Research, 22, 1331-1337, 2005 PMID:16078143
  2. Nishida K: 肝臓表面からの吸収を利用した薬物送達システムの開発とその展開, YAKUGAKU ZASSHI, 129: 925-932 (2009) PMID:19652498
  3. Nishida K et al: Relationship between lipophilicity and absorption from the liver surface of paraben derivatives and antipyrine in rats. J Pharm Pharmacol 63: 736-740, 2011 PMID:21492176
  4. Kodama Y, Nishida K et al: Effect of viscous additives on the absorption and hepatic disposition of 5-Fluorouracil (5-FU) after application to liver surface in rats. J Pharm Pharmacol. 64: 1438-1444, 2012 PMID: 22943174


2.遺伝子治療実現に向けた遺伝子デリバリー研究(遺伝子班)


 先天性遺伝子欠損症、癌など難治性疾患に対して遺伝子医薬品の開発が強く望まれているものの、効果と安全性の両面を満たす遺伝子導入法は少ないのが現状である。これまでに長崎大学薬学部 薬剤学研究室遺伝子班では、遺伝子導入法の開発と評価およびメカニズム解析を研究してきた。
 研究内容を以下に示す。

  1. 実験計画法・AIを活用した脂質基盤型ナノ粒子の製剤設計及び評価
  2. 脂質・炭酸カルシウムナノ粒子の粉末製剤化
  3. 組織透明化などを駆使した遺伝子キャリアの生体内動態・空間分布特性評価
  4. 酸化ストレスを基軸とした遺伝子導入機構の解明

遺伝子導入法
遺伝子治療・遺伝子導入法の現状

[代表論文]

  1. Okami K, Fumoto S, et al., One-Step Formation Method of Plasmid DNA-Loaded, Extracellular Vesicles-Mimicking Lipid Nanoparticles Based on Nucleic Acids Dilution-Induced Assembly. Cells. (2024) 13(14):1183. PMID: 39056764.
  2. Hu D, Fumoto S, et al., Diffusion coefficient of cationic liposomes during lipoplex formation determines transfection efficiency in HepG2 cells. Int J Pharm. (2023) 637:122881. PMID: 36963641.
  3. Fumoto S, et al., A pH-Adjustable Tissue Clearing Solution That Preserves Lipid Ultrastructures: Suitable Tissue Clearing Method for DDS Evaluation. Pharmaceutics. (2020) 12(11):1070. PMID: 33182398.
  4. Peng JQ, Fumoto S, et al., Targeted co-delivery of protein and drug to a tumor in vivo by sophisticated RGD-modified lipid-calcium carbonate nanoparticles. J Control Release. (2019) 302:42-53. PMID: 30926479.


3.病態時および各種治療時における薬物療法の個別化(動態班)


 体内に投与された薬物が有益な効果を発揮するには、最適な濃度範囲(治療域)があり、治療域に達しない場合は効果を示さず(無効)、逆に治療域より高い濃度では副作用の原因となる。しかし、患者の病気や併用薬などの影響で、薬物の動きは変化しやすいために、重篤な副作用を招く例も後を絶たず、薬物療法の個別最適化が望まれている。
 このような背景の元、病態時(肝・腎疾患、腹膜障害)や各種治療時(低体温療法、ハイパーサーミア療法)における薬物の体内動態変動要因を系統的に解析している。また、実臨床における薬剤の使用によって生じた有害事象や治療効果といった薬剤情報が蓄積されている医療情報データベースを活用し、基礎疾患や併用薬と有害事象発現の関連性を解析している。

薬物体内動態変化
病態下における薬物体内動態変化

[代表論文]

  1. Moritsuka A, Miyamoto H et. al. Change in Vancomycin Absorption after Intraperitoneal Injection and Correlation between Intraperitoneal Vancomycin Absorption and Peritoneal Equilibration Test Score in Mice with Peritoneal Injuries Biological and Pharmaceutical Bulletin 48(1) 80-85 2025
  2. Miyamoto H, Optimization of Drug Administration in Special Populations Focusing on Drug Distribution YAKUGAKU ZASSHI 144(11) 991-996 2024
  3. Sakamoto T, Miyamoto H et. al. Differences in the Adverse Event Profiles of Sodium-Glucose Cotransporter 2 Inhibitors used in Patients with Diabetes Mellitus and Heart Failure: An Analysis Using the Japanese Adverse Drug Event Report Database Clinical Drug Investigation 44(10) 761-771 2024
  4. Sakai N, Kamimura K, Miyamoto H et al. Letrozole ameliorates liver fibrosis through the inhibition of the CTGF pathway and 17β-hydroxysteroid dehydrogenase 13 expression. Journal of Gastroenterology 58(1) 53-68 2022
  5. Tokunaga A, Miyamoto H et al. Effect of Chronic Kidney Disease on Hepatic Clearance of Drugs in Rats. Biological and Pharmaceutical Bulletin 43(9) 1324-1330 2020