長薬同窓会総会あいさつ

遠 藤 武 男 (昭和11)

 昭和11年卒業の遠藤武男です。84歳5カ月になります。歯は自分の歯が24本残っており,目は英文の細かい字が見えます。血圧は132と78,耳は左が高音部難聴となり,補聴器を利用しています。まず健康の方でしょう。
 本日は,同窓会に寄付をし,遠藤奨励金制度が設けられ有効に利用されることになったということで,お招きに預かりました。
 この制度をつくられた市川会長さんをはじめ,同窓会理事の方に厚くお礼を申し上げます。この寄付金は私が長薬に学び,3年間,ドイツ語を小沢敏夫先生に厳しく教えられ武田薬品に入社して,ドイツ語の医学雑誌に接する機会に恵まれましたことに深いつながりがあります。

 武田薬品の入社試験は,大阪道修町の本社で行われ,ドイツ文と英文の和訳が出題されました。答案は1時間ぐらいで提出し,2時間位後で,新薬部長の森本寛三朗さん(後の副社長)のデスクの前に呼ばれました。『君は採用と決まりました。研究所勤務を希望しているが,新薬部にきてほしい。ドイツ語ができますね』といわれたことを覚えています。新薬部の学術係に勤務して3ヵ月した頃,上司からドイツ語の週間医学雑誌3種類,ドイツ医学週報,臨床医学週報,ミュンヘン医学週報を渡され,この中で興味ある課題を選んで邦訳し,毎月報告するようにとの指示を受けました。毎週3冊1ヶ月に12冊になります。そこで邦訳しやすい新薬紹介の頁を選び実行しました。B5 400字詰の原稿用紙数枚にまとめ提出しました。
 3カ月位して新薬部長に呼ばれ,『新薬紹介の報告は興味があります。研究所長(三木孝造)も必要のものがあるようですから,赤丸をつけた箇所を,もう少し詳しく書いて研究所長のところへ持っていきなさい』といわれました。これが新薬部長と研究所長に認められる機縁となりました。
 また,ドイツ語のビタミンという50頁位の本を邦訳することも指示されました。この訳文は10円の謝礼を頂きました。月給が65円位のときです。
 また開業医師の勉強家グループの抄読会に月1回,新しい薬の話をすることも指示され,武田の新薬部にドイツ語のできる若いのがいるということになったようです。
 ドイツの医学雑誌の記事にBayer社のDomagk博士の発見した,赤色プロントジルと白色プロントジルの情報が記載されたときには目をみはりました。このプロントジルは,化膿性疾患に対する科学治療法剤として,世界の医学薬学の注目の的となりました。
 Chemotherpyという語がこのときに生まれました。しかし,1年後フランスのDr.トレフュールらがLANCET誌に発表したプロントジルの活性体は,その代謝物であるスルファミンであるとの記事を,夢中になって夜遅くまで読みました。内服用の白色プロントジルの商品価値は安価なスルファミンにとって変わりました。医薬品のLifecycleの厳しい問題を知りました。
 この邦訳により遠藤の情報は早いという評価を得ました。戦後は抗生物質を中心とする米国の情報を読むのに追われました。こんなことで武田での課長就任は昭和23年と若く,部長へも順調に進みました。語学のお陰でよい給料がとれ,寄付金をだしうる余裕が生まれたと思っております。
 薬剤師の業務研修について,私の経験はありませんが,昭和26年4月に米国空軍が実施していたSupervisal training plan監督者訓練計画に参加し,教育とは,やって見せる,やらせて見せる,そしてfollow upの3段階が基本であるという,2週間研修に参加した思い出があります。厳しいやり方でしたが大変役に立ちました。
 また,1970年と1972年に医薬情報の伝達システムの構築を勉強するために欧州,米国に出張しましたときに,米国の病院でclinical pharmacy医療薬学という言葉をしばしば聞きました。
 そこで,病棟担当の薬剤師の方に,単刀直入に『医療薬学と何ですか』と質問をしましたところ答えてくれました。『処方せんには,医師の指示による用法,用量が指示されていますが,服用する患者の病態はその日によって変わることがあります。とくに,この病棟の患者は高齢者が多く,疾病を2〜3種もっていて副作用,相互作用を起こす可能性があります。従って服薬による患者のResponseを毎日,患者を見,活かして,感じることが大切です。Responseが異常のときには,主治医,ナースに知らせて,未然に防ぐ仕事が薬剤師の勤めです。勿論,薬歴,家族歴の完備,服薬指導TDMへの協力もありますし,治療効果,副作用のmonitoringもあり多忙ですね…』と。
 また,OTC薬については,大学のカリキュラムの中にOTC薬を設けているところ(当時3カ所)がありました。ここでは,薬局pharmacotherapy(OTC系の薬理学療法)を講義をし,その内容の一部として,薬局に風邪薬を求めてくる患者さんconsumerは,実際に求めている薬は,風邪らしい症状にきくものを求めているわけで,患者との対話から実際のニーズのある薬をみつけます。そして,その薬による患者のリスクを話し合います。患者との,communication,consultingそしてconferenceは薬剤師の大切な行動です。こんなOTC薬の講座にも参加したいと考えたことがありました。
 今後始められた大学の業務研修制度により,すぐれた医療care実施薬剤師を養成されることを期待しています。できれば2〜3名いて,この薬剤師の方々の6カ月ごとのmeetingがもてたら,相互の情報交換と反省の機会になるであろうと,私の夢を膨らませています。研修参加者の吉田さんから,先日お手紙を頂きました。本日はconferenceのゼミがあるので,この席に出られないということです。ゼミナールの成果を期待しています。
 本日,お話する機会を与えられたことを深く感謝しています。

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