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細胞運動の分子機構

 細胞運動は、胚の発生や、免疫監視システム、損傷の治癒過程などに深く関与しており、生体が恒常性を維持するために欠かせない細胞応答のひとつです。細胞運動は、葉状仮足や糸状仮足と呼ばれる突出構造の形成や、細胞外基質との接着解離、細胞内小胞輸送など、様々な反応が時空間的に厳密に制御されることで調節されています【図1】。しかし、その制御機構の緻密さがゆえに、わずかな調節の不全であっても疾患発症の引き金となってしまいます。その代表的な例として、がんの悪性化が挙げられます。細胞運動の制御機構が適切に機能しなくなり細胞運動が異常に促進されると、やがてがん細胞は浸潤転移能を獲得すると考えられます。よって、細胞運動の分子機構を明らかにすることは「制がん」の観点からも重要な研究課題となっています。


 私たちは、発現クローニング法を利用して細胞運動の制御に関わる分子の探索を進め、細胞運動を抑制する分子としてSH3P2を同定しました。さらに、SH3P2は202番目のセリン残基(Ser202)が細胞内シグナル伝達経路のひとつであるERKシグナルによってリン酸化されること、またそのリン酸化によってSH3P2の細胞運動を抑制する能力が失われることを明らかにしました。すなわち、SH3P2は細胞運動のブレーキとして働き、ERKシグナルによってリン酸化を受けるとSH3P2はブレーキとしての機能を失うことが分かりました(発表論文1)。

 次に、私たちはSH3P2に結合する因子を探索しました。その結果、アクチンモータータンパク質のひとつであるMyosin 1E(Myo1E)がSH3P2と結合することを見いだしました。さらに、SH3P2とMyo1Eの複合体は、SH3P2のSer202がリン酸化されると解離することが分かりました。また、Myo1Eは運動する細胞の先導端に集まって葉状仮足の形成を促進すること、一方SH3P2は細胞質でMyo1Eと結合してMyo1Eが細胞運動の先端に集まるのを阻害することが明らかとなりました【図2】(発表論文2)。Myo1Eは単量体で働く1型ミオシンに分類され、アクチン細胞骨格と細胞膜に結合する性質を持つことが分かっています。私たちはMyo1Eに結合する分子を同定することで、細胞運動におけるMyo1Eの役割を明らかにしようと試みています。また、SH3P2がMyo1E以外の分子とも相互作用する可能性を考えて、SH3P2の新たな結合分子の同定を進めるとともに、SH3P2欠損マウスを作製してSH3P2が生体においてどのような役割を果たしているかを併せて解析しています。


 ERKシグナルは、これまでに細胞の増殖や分化において中心的な役割を担うことが知られています。一方、私たちの研究成果を含め、ERKシグナルは細胞運動においても重要な役割を果たしていることが明らかになりつつあります(発表論文3)。受容体チロシンキナーゼ、Ras、Raf遺伝子など、ERKシグナルの上流に位置する遺伝子の変異によってERKシグナルが恒常的に活性化され、それが細胞がん化の一因となります。そのようながん細胞では、常にSH3P2がリン酸化された状態にあり、そのため細胞運動のブレーキとしての役割が失われているかもしれません。私たちは、SH3P2を中心とした複合体の機能解明を通して細胞運動の分子機構を明らかにするとともに、その制御機構の破綻によるがん悪性化との関わりを明らかにしたいと考えています。


発表論文

1. Tanimura S, Hashizume J, Kurosaki Y, Sei K, Gotoh A, Ohtake R, Kawano M, Watanabe K, Kohno M
SH3P2 is a negative regulator of cell motility whose function is inhibited by ribosomal S6 kinase-mediated phosphorylation.
Genes Cells 16, 514-526 (2011)

2. Tanimura S, Hashizume J, Arichika N, Watanabe K, Ohyama K, Takeda K, Kohno M
ERK signaling promotes cell motility by inducing the localization of myosin 1E to lamellipodial tips.
J Cell Biol 214, 475-489 (2016)

3. Tanimura S, Takeda K.
ERK signaling as a regulator of cell motility.
J Biochem (2017) in press

4. 谷村 進
ERKシグナルはミオシン1Eの局在制御を介して細胞運動を調節する.
実験医学 35 (1), 72-75 (2017)


長崎大学 大学院医歯薬学総合研究科 生命薬科学専攻 分子創薬科学講座
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