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一病息災

遠藤武男(S11卒)
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 この3月18目遠藤武男は安らかに永眠致しました。生前より皆様方から厚いご交誼を頂いて居りました事、またご丁重なご弔辞、ご厚志を頂き誠に有難う御座いました。この場をお借り致し厚く御礼申し上げます。
 父がお約束した“一病息災”、父の思いと多少異なるかも知れませんが、父ならこんな事を話したかったのではと思われる事柄を述べさせていただきます。

 以下「私」は遠藤武男とお考え下さい。

 歳をとってくると健康がどうしても気になるものです。若い頃私は健康に自信がありました。仕事を名目にそこそこ無理をしてもそれなりに体力は維持され、病を実感した事は殆ど有りませんでした。しかし歳をとるに従い、如何に平穏無事な生活を楽しみながら上手に生涯を全うできるか、他人様に迷惑をかけずに生きられるか、また苦痛無く、眠るが如く生涯を終えるには如何なる条件が必要かなどと考えるようになって参りました。
 近年医療の進歩は驚くばかりですが、時代の流れとして、健康にも各人が責任を負うことが必要となってきているものと思います。
 私は70歳までは健康を自負して来ました。然し10数年前便潜血陽性から、大腸癌の診断のもと開腹手術を受けましたが、幸いこれは所謂早期癌で、術後2週間で退院、その後の定期検診にても何ら案ずる事無く経過していました。定期検診はきっちり受けた積もりでいましたが、妻の不幸が有った数年前から2年間、他事にも忙殺され自分の検診を怠っていました。そして5年前上腹部の遠和感で診察を受けたところ肝腫瘍で肝細胞癌ではないが云々の宣告を受け、医師である息子に、ある種のホルモン産生腫瘍と思うが、両手をあげて降参するか、腫瘍と対峙する化学療法を受けるか、どちらを選択するかと問われ、平素病気についても隠し事はしてくれるな、病気に対して立ち向かう覚悟は有る積もりだし、科学の進歩も信ずるし、若し役に立つなら私自身の経験が医療の進歩に寄与出来るなら役にたちたいとも言っていましたので、それからの3〜6ヶ月毎の化学療法の為の治療の入退院を繰り返す事となりました。それは副作用などで辛い、不自由な生活でしたし、延命の為だけの治療ならとその是非も考えました。一方寿命と病気は別と考え、出来るだけ治るんだとの信念を持つように心掛けたものです。旅行の際の飛行場登場口で金属探知機が鳴った時も“僕の身体にはプラチナが入っているんだよ"と係員を煙にまいたりもしました(Cis-Pによる治療をうけていました)。幸いわたしの肝腫瘍はあまり育ちもせず、縮小もせず、肝機能の悪化もそれほど無く既に3年半が経過して、病との共存状態にある訳です。
 私がこれらの経験を通して思いつく言葉は “一病息災” です。言い古された言葉ですが正に的を得た言葉として実感しています。広辞苑には一病息災:無病で健康な人よりも、一つぐらい病気のある人の方が健康に気を配るので長生きできるということとあります。
 先に申したように私の場合も健康に過信がありました。生活習慣病には充分注意を払ってきたつもりですが病は訪れました。それぞれの疾病が早期に診断され、息子や成人病センターの先生方のお蔭で長生きをさせていただいておりますが、これらを通して日々の自己管理の大切さを更に感じている最近です。「柳に風折れ無し」けだし名言です。一つの疾病を経験することによって、関連する様々な知識を得ることがあるでしょう。「彼を知り己を知れば百戦あやうからず」の孫子の言も“一病息災”に通ずるところ、一病を以って100病を知るのは我々患者の側で、100病を以って一病を知るのが先生方と思います。私も病を得て健康の有り難さをしみじみと知り得ましたし、目常の健康管理の大切さも痛感しました。一方、先生方は多くの疾患を経験することによって、一つ一つの病の本質を理解し、患者さんと共にその悩み苦しみを分かち合い、最善の治療法を知る事ができるのではないでしょうか。「一病を持って百病を知り、百病を以って一病を知る」こんな言葉を我々自身と私の命を守って下さっている先生方に送りたいと思います。
 繰り返すようですが健康は健康であるときには分かりません。歳を経れば何らかの身体の不調を感じるものですが、こんな時こそ良い機会と考えて進んで診察を受け、若し何らかの診断を受けたならば、真摯にこれを受け止め、治療を受けることは言うまでもありませんが、憂う事無くこれと上手に付き合う、病を楽しむ訳ではありませんが“一病息災"を銘として生活を楽しむ、こんな生き方があっても良いのではないでしょうか。これが90歳近い老人の感慨です。
 こんな事を思いながら、3月18目早朝、私は苦しむ事も無く黄泉の国へ旅立ちました。
 私自身病に負けたとは思っていません。直接の死因は急性心不全となりましょうが、天寿を全うしたものと考えています。私は私の生涯に満足しています。“一病息災”これが私の最後の言葉になってしまいました。皆様のご健勝をお祈り致し、生前の皆様方の御交誼に感謝致しつつお別れの言葉とさせていただきます。合掌。

注)本原稿は遠藤武男先生のご長男・遠藤義彦先生(成仁会病院 院長)よりご提供いただきました。本文の内容は14年度総会において近畿支部同窓会北島政雄先生(前支部長)が朗読されたものです。

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